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おじさんパッカー 英国編(16)

16.06.22

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プロバンド領主館

 

プロバンド領主館と日本人母娘

 

道路脇に煤けた石造りの建物がひっそりと佇んでいた。このあたりの土地を支配していた領主が住んでいたという「ブロバンド領主館」。グラスゴーに現存する最古の住居といわれる建物らしい。1471年からあるというから、日本では室町時代にあたり、応仁の乱で京の町が炎につつまれていた頃だ。ブロック状に切り取られた石が3階まできめ細かく積み上げられている。

館内の入り口近くに日本語の案内パンフレットが置かれていた。それを頼りに各部屋を回る。鍋、釜、敷物、衣服など500年余り前からの生活用品が展示され、当時の暮らしぶりを再現した等身大の人形までが置かれている。ロンドンにあるマダムタッソーの蝋人形ほどではないだろうが、今にも動き出しそうなリアルさである。狭い階段を昇り降りしながら各部屋へ移動する。市井の人々の居室だけに天井は低く、寝室、食堂、台所などと細かく区切られた部屋は分厚い石壁で被われていた。どの部屋も窓は小さく、薄暗くてまるで洞窟に潜り込んだようで不気味な感じがする。黒ずんだ壁、傷ついた木製のテーブル、暖炉にまとわりついた煤、刺繍が幾重にも盛られた色あせた部厚い衣服。それらの1点1点に目を凝らしていると、この館で日々の営みを続けていた500年前の人たちの声が、石の壁からしみ出してくるような錯覚にとらわれる。

 

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当時の姿で蝋人形がお出迎え

 

陽射しのそそぐ館の中庭に出た。小石が敷き詰められた通路の両脇に赤や黄色の花が咲きそろっている。幾何学模様に刈り込まれた植木がパッチワークを見るように広がっていた。先客がいた。それも日本人の。ロンドンからやって来たという。「この春から主人がロンドンに単身赴任しているので、娘とイギリスに来たんですよ。娘の休暇が1週間ほどですから、急ぎ足でスコットランドまで足を伸ばしました」と話す、50半ばの小柄な女性。脇で20代半ばの娘さんが笑顔を返してくれた。「日本を発つ時、熱中症で病院に担ぎ込まれる人がたくさんいましたよ。それなのにまさか長袖の上着がいるなんてね。こちらは寒いですね」と。
「私達は、明日ロンドンに戻りますが、あなたは?」、「エディンバラに戻って、そのあと西海岸を電車で南下し、途中いくつか寄り道して、今月末にはロンドンに行こうと思っています。そのあとロンドンにしばらくいて、日本に帰るつもりですが」、「一人旅は大変でしょう。お体に気をつけてね」と、ねぎらいの言葉をかけられ、母娘のお二人と記念写真を撮り別れた。日本人と会話したのは何日ぶりだろうか。なぜか、焼き魚と味噌汁の味がした。

 

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中庭から見た「プロバンド領主館」

 

坂道をゆっくり下り、しばらく行くと歩行者天国さながらに道路が人で埋まっている。「ブキャナン・ストリート」と呼ばれる、グラスゴーの目抜き通りらしい。しばらく人の流れに身を任す。黒人、黄色人、白人と。白人でも彫りの深い北欧系、肩幅のがっちりしたドイツ、オランダなどゲルマン系などさまざまだ。まるで人種のるつぼのように街をいろんな人たちが埋めている。

ショーウィンドーにスカートを巻き付けた男性の写真を貼りつけ店があった。もの珍しそうに立っていると、「グラスゴーに来たならお土産品といえば、スコットランドの伝統衣装『キルト』だよ。どうかね」と、女子高生のスカートとしか見えない布を巻き付けた、中年男性が声をかけてきた。どうやら、キルト店のオヤジさんのようだ。

「キルト」は、元々はスコットランドの高地ハイランド地方の男性が着ていた 「グレート・ハイランド・キルト」という服装が全土に広がって伝統衣装となったもの。様々な格子柄は日本の家紋のように氏族を表す意味があるという。今は全体を”タータンチェック”と呼ぶようになり、専門のブランド店では様々な製品が作られている。我々外国人が持ち帰っても、着る機会もないのでお土産にはチェック模様のマフラーやネクタイなどが人気らしい。店内には、キルトに限らず、格子模様のカバンやリュックサック、エプロンなどが並んでいた。

 

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キルトショップ

 

エディンバラへ向かう電車の待ち時間もあり、しばらく駅前の広場で寛ぐ。青空が広がっていて、ベンチで昼寝を決め込む人もいる。大理石でつくられたライオンの石像の脇で、裾が破れたコートを身にまとった老人がぼんやり空を眺めていた。ホームレスのように顔の色艶は消え、衰弱したようで見ていて辛い。どのような事情があるのか知る由もないが、夏とはいえここスコットランドの夜は冷えるだろうから…、とそんな思いで腰を上げ駅に向かう。

18時過ぎ、エディンバラ ウェイバリー駅に降り立った。駅周辺は、仕事を終え家路に向かうサラリーマンがせわしく行き来している。こちらの人たちは、目的地に向かって一直線に足早に歩く。それも大股で。長い足を前方に真直ぐ踏み出し、「サッサ、サッサ」がぴったりする足の運びだ。大股は背が高いのでそう見えるのかもしれないが、男女を問わず背筋を伸ばし、視線は前方を睨みつけている。私はどちらかというと早歩きのほうだが、こちらの人たちにはかなわない。後ろから追い抜かれたので、「コノヤロー」とばかり抜き返したが、すぐさま抜き返された。こちらは息が上がってしばらく「ゼー、ゼー」。彼らはどこ吹く風の表情。悔しかった。

通りの店で夕食をすませ、宿舎に向けエディンバラ城に通じる街一番の繁華街「ロイヤル・マイル通り」を歩く。「坂道は大変でしょう」と、黒光りした石畳の坂道を前かがみに登るビニール袋を下げたおばあさんに声をかけると、「大変だけど、もう30年も歩いているんだから、慣れちゃったよ。お陰で足腰が強くなって病気しないよ」と、額に薄っすらと汗を浮かべた笑顔が夕日に光っていた。

 

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ロイヤル・マイル通り

 

午後9時、ようやく夜の帳が下りようとしていた。正面から薄暮に浮かぶエディンバラ城が私を見据えている。四つ角に30人くらいの人だかりがあった。人の輪の中心で黒マントを身にまとった人が、なにやら話している。「何だろう」と、興味本位で輪の外側から顔を出す。長く垂れ下がった鼻と左右に引き裂かれた口、皺くちゃ顔の老婆の鋭い眼光が黒マントの仮面の奥に潜んでいた。いかにも気味悪い。黒マントを取り囲む人の輪は黙りこくっている。ヒソヒソ声で、老婆が何やら話している。どうやらエディンバラの夜の観光の目玉「お化けツアー」のようだ。中世から語られる魔女伝説やお化け伝説などの豊富なエディンバラ。メイン通りでは、毎晩あちこちで各々趣向を凝らしたお化けツアーが催されているようだ。パンフレットには「ツアー参加者が原因不明で気絶した」など、不可解な怖い体験をしたと書かれている。おまけに、「このツアーは自己責任でご参加ください」と。そんな前口上で参加者の恐怖心をあおっているようだ。周りに目をやるとみなさん胸にワッペンをつけている。ただ見の私へ視線が向けられたので、慌てて輪の外に出る。どんな恐怖が体験できるのか、想像をめぐらしながら宿に向かった。