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おじさんパッカー 英国編(14)

16.06.22

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ウイスキー蒸留装置

 

スコッチウイスキーと陽気なおばさん

 

エデンバラ城を背になだらかな石畳の道を東へ向かう。ひび割れした石の壁が建物を被い、煤で黒ずんだ窓や屋根が灰色の空に沈んでいた。数百年も前からずっと変わることのない中世の街並みが、まるで冷凍保存してきたかのように21世紀の今に蘇っている。

通りの両側は観光客相手の店が軒を並べている。中世の騎士の鎧や槍、刀などの武具が歩道にはみ出していた。どうやら骨董屋らしい。店の奥から年老いたオヤジさんが出てきた。「どうかね。値打ちにしとくよ」と、声をかけてきたがよれよれのシャツとズボン姿を目にすると、「買ってくれそうもないや」と思ったのか、じろりと私に目をやった後、何も言わずに店の奥に消えた。それをいいことにしばらく店先に佇み、黒光りした武具を見ながらこのあたりを闊歩しただろう中世の騎士たちの姿を思い描き、いにしえの昔に身を置いた気分で心がタイムスリップしている。

 

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みやげ物屋の店先

 

2軒隣に古本屋があった。日本語の本があるかもと、興味本位で店をのぞく。オヤジさんは愛想よく笑顔で迎えてくれた。雑然と置かれた本の山。5,6人の客が熱心に書棚を見上げている。私も宝探しでもするかのように書棚をなめ回し横文字ばかりの本の森から、日本の本はないかと目を凝らすが残念ながら手にすることはできなかった。店の出口に向かうと「バァ~イ」、オヤジさんの声が背後からした。「また来てね」のつもりだろうか。もう二度とこの街には来ることはなかろうと思いながら、挨拶代りに右手を高く上げて通りに出た。そして隣接する土産物屋で絵葉書を買う。

「スモーキーフレーバーの香りがたまんないね。本場のスコッチウイスキーを買ってきてくれよ」と、酒好きの友人に言われていたのを思い出した。「スコッチウイスキーの蒸留所は、スコットランドでも北の『ハイランド地方』まで行かないと。でもここエディンバラにも、蒸留過程を見ることができるよ」と、みやげ物屋のおじさんが教えてくれた。

 

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スコッチウイスキー・ヘリテージ・センター

 

午後3時過ぎ、エディンバラ城から少し下ってきたところにある、「スコッチウイスキー・ヘリテージ・センター」(入場料4.7ポンド約940円)で蒸留の過程を見学する。参加者20人ほど。いきなり一人ひとりにグラスが渡され、スコッチウイスキーが注がれた。しばらくして「ぐるぐるまわしながら、香りを楽しんでください。それから少しふくみ口の中で膨らませ、時間をかけて味わってください」と、係の女性が背筋をピンと伸ばし、全体を見渡すように話し出した。隣にいるおばさんが「もっと早く言ってよ。一気に飲んで酔っ払っちゃったよ」とはしゃぎながら、「あんたはどう?フラフラしない」と、私に相槌を求めてきた。その後も「こりゃ強烈ね。このまま寝ていたいよね」、と周りの人たちに次々声をかける。実に陽気なおばさんだ。そして必ず「あんたはどう?」とくる。このおばさんは4人ほどの仲間ときていた。仲間の一人、禿げ上がった男性がおでこから顔全体にかけ「ゆで上がったばかりの蛸」のように、上気している。すかさずおばさんの一言。「樽の中、からっぽじゃない! あんた一人で飲んだの? 割り勘じゃないからね。その分払いなさいよ」と。何を言われても、焦点の定まらない眼でおばさんたちを見つめていたおじさん。まわりからどっと笑いが起こった。いつも一人なのにこの時ばかりは、気の合った仲間と旅を楽しんでいる気分だ。底抜けに明るいおばさん、ありがとう。

 

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陳列棚と試飲コーナー

 

講義室のような部屋に案内された。正面にディスプレーが用意されている。「スコッチウイスキーができるまで」と題して、ビデオが流される。おばさん達にからかわれていた真っ赤な顔をしたおじさんは腕組みしたまま背もたれに体を預け、すっかり夢の中だ。例のおばさんたちは、小学生のいたずらっ子のように、薄くなったおじさんの頭を撫で回しては、笑っている。そういうおばさんたちも、すっかり出来上がった様子だった。
ビデオのあと、係員からひとしきり蒸留の説明を受けて自動運転の車で工場内を移動する。ところどころに、ウイスキーの歴史や蒸留のしくみなどの模型がおかれていて、イヤホンから自動音声で説明が加わる。日本語も選択でき、興味深く聞くことができた。
1時間半ほどの見学が終わると、ウイスキーの直売所に案内された。観光客に買わせるためのコースで、日本でもよく見る定番だ。小体育館くらいの広さに、数限りなくウイスキーのビンが並ぶ。酒好きの友人から餞別をもらっているので、荷物になることを承知で1リットルほどのボトルを購入した。
おばさんたちにからかわれていたおじさんも、すっかり酔いがさめたのか白い顔で陳列棚を物色している。「あんた飲んだら連れて帰らないからね」と、スコッチウイスキーの試飲コーナーに目をやるおじさんに、すかさずおばさんたちの一撃が飛んだ。そういうおばさんたちは何杯も試飲をし、ケラケラ笑いながらウイスキーを買っていた。このおばさんたちは、きっとアメリカ人じゃないかと思う。このはしゃぎぶりはヨーロッパ人のノリじゃない。

 

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バクパイプ奏者

 

試飲のウイスキーですっかりいい気分になり、石畳の道をふらふら歩き出す。ひんやりした空気が火照った頬に心地いい。城に近い路上で格子模様のスカート、チェックの民族衣装(キルト)を身につけた40前後の男性が、苔むす古びた石の壁を背にバグパイプを奏でていた。哀愁を帯びた調べが周りの建物に反響し、あたり一帯をやわらかく包み込む。思わず足を止めた。スコットランドで本物のバグ奏者を見て、本場の音を聴いた。感慨深い思い出をまた一つ増やす。

本場のスコッチウイスキーを口にし、古都エディンバラの街並みに身を沈めて本場のバクパイプ演奏に酔いしれることができるなんて…。確かな予定もなく、気ままに動き回るバックパッカーの旅も悪くはないね。「日本のウイスキーの父」と呼ばれる竹鶴政孝さんをモデルにしたNHK連続テレビ小説「マッサン」を観るたび、このエディンバラの情景が浮かんでくる。