トップ> どんぐりsひろば> 旅を語る、旅を想う おじさんパッカー 北欧編(29)

どんぐりsひろば

旅を語る、旅を想う

その他の読み物

おじさんパッカー 北欧編(29)

16.06.21

image65

 

アンデルセン像

 

アンデルセンの街コペンハーゲン

 

午前7時起床。昨夜は手足を十分伸ばしてぐっすり眠ることができた。久しぶりの熟睡で頭すっきり。洗面所でいつものように「今日はどうかね」と、鏡に映し出される自分の顔をじっくり眺める。体調はすこぶるいい。柑橘系の香のする石鹸をたっぷり塗り、ヒゲをそる。すっきりしたミントの匂いが、まるで香水を振りかけたようにあたりに漂う。
9時前、いつもの小型のショルダーバッグを下げ街に出る。ほどなく前方にシルクハットをかぶったアンデルセンの銅像が目に入った。それは石畳の歩道の一角に据えられていた。左手に杖、右手に本を挟み、左前方高くに目線を向けた高さ2メートルはある重厚なものだ。左ひざ辺りが異様に光っている。ここに手を触れると幸運が舞込むと信じられていて、観光客や地元の人でいまも磨かれ続けているという。

 

image74

 

街中を疾走する自転車

 

アンデルセンはドイツのグリム兄弟とともに世界中で広く知られている童話作家だ。1805年にデンマーク、フュン島の都市オーデンセで生を受け、みにくいアヒルの子、マッチ売りの少女、人魚姫など彼は150以上の童話や物語を30歳ぐらいから約40年間にわたって書いている。さっそく中央駅から北東へ約5キロ先にあるというアンデルセンの代表作、「人魚姫」のモニュメントに向 け、先を急ぐ。大通りを疾走する自転車が目立つ。歩道、自転車道、車道と道路は3区分されていて、車に気兼ねなく走れ、古来、湿地帯を埋め立てて造られた土地だけに坂もなくほぼ平坦で乗りやすい。
デンマークの首都コペンハーゲンは、シェラン島の北東部に位置し、約55万人が住む。この街は、12世紀にロスキレのアブサロン司教が要塞を築き、「商人(コペン)の港(ハーゲン)」を興したのがはじまりだという。現在も港湾都市として重要な拠点になっており、ロマン漂う街並は訪れる人々を魅了してやまない。ドイツに隣接するユットランド半島が大陸続きなのに、島に首都が存在するなんて珍しい。

 

image92

 

ニューハウン

 

運河に沿ってカラフルな木造家屋が並ぶエリアに出た。両岸にヨットやクルーザーが白い船体を浮かべ、鏡のような水面がキャンパスのように風景を切り取っている。思わず、立ち止まりその光景に息を呑む。ここはコペンハーゲンを象徴する景観として名高いニューハウンといわれる一角だ。かつては、長い航海を終えた船乗りたちがくつろぐ居酒屋街として賑わいを見せていたという。ニューハウンは、アンデルセンが愛した場所としても知られ、彼はこの界隈に三度も居を構え、それらは今でも残されてお り、壁にはアンデルセンの名前と経歴を刻んだ石板が埋め込まれている。ニューハウンの「ニュー」は「新しい」、「ハウン」はコペンハーゲンの「ハーゲン」と同じく「港」という意味らしい。往時は荒くれ船員たちが闊歩していた港町も、今ではお伽の国に見るようなカラフルな家屋が建ち並び、すっかり観光地化してコペンハーゲンの顔となっている。橋の欄干に身を任せ、しばらく絵画のような風景に時を忘れる。海岸線を含めたこのあたりはコペンハーゲンで最も有名なウォーターフロントでもある。お洒落なカフェ・レストランやアンティークショップが軒を連ね、北欧を代表する観光スポットとして多くの人々が訪れるようだ。

 

image101

 

日本人とであったフェリーターミナル

 

海岸沿いにさらに歩を進めると、対岸に風力発電の巨大な風車が列をなしているのが見える。ほどなくフェリーターミナルに入り込んだようだ。「楽しまなきゃ損ね」と、突然、懐かしい日本語が聞こえた。日本人観光客の団体だ。5、6人のご婦人方が輪になって話し込んでいるのが目にとまった。久しぶりの日本語に思わず引き込まれて「日本からですか?」と声をかけたら、それまで大声で笑っていたのに突然顔をこわばらせ鋭い視線を向けてきた。そして互いに目配せし、無言ですぐさまその場を立ち去った。「日本語で親しく近づいてくる人には注意」とかなんとか、添乗員に言われているのだろうか。足早に去る人たちの後姿を複雑な気持ちで見送る。そういえばストックホルムのノーベル賞授与式会場であるコンサートホールで出会った埼玉からという中年夫婦も私の呼びかけに、警戒心をあらわにして逃げるように去っていったことがあった。

しばらく行くと、海岸線の前方に人だかりが見える。コンクリート護岸の前にひときわ大きい丸い岩がありその上に人魚姫のブロンズ像が設えられていた。まるでオットセイが岩の上から首を長く伸ばし、周りを伺っているようなポーズだ。その場にいる30人ほどの観光客が代わる代わる写真撮影をしている。家族連れはひと塊になって、若者の団体もブロンズの前に中腰になり、岩に砕けるさざ波を避けながらポーズをとっている。このように人魚姫目当てに来る大勢の人たちに気を遣いながら、素早く写真におさまっている。

 

image112

 

人魚姫に集まる観光客(ネツトより)

 

突然、甲高い声をかきたてる20人ほどの団体がやって来た。中国からの観光客らしい。ずかずかと像の前面に押し寄せ、歓声にも似た大声を発しながら順番待ちしている人なんてお構いなしに写真を撮り始めた。中年の男女がまるで小学生の修学旅行のようにはしゃいでいる。団体で写真を撮ってさっさと立ち去ってほしいと、遠巻きに見る観光客。ところが人魚姫を背景に一人一人がポーズをとりはじめた。それも冗談を飛ばし合い、ポーズを何回もつくり直すなど、シャッターを押すまで時間のかかること。そんな調子だから全員の写真を撮り終えるまで、周りの観光客はずっと待たされる。この間、人魚姫は中国人団体客に独り占めされている。後ろで待っている人のことなんて目に入らない。まさに傍若無人そのものだ。「おまえもこの仲間か?」と言わんばかりに、近くの白人観光客が私を見つめるので、思わず「私は日本人だ」と、口をつきそうになった。

 

image19

 

フランスの少年と

 

中国の一団がようやく去った。人魚姫が中国から解放され、周囲に静寂が戻った。そして写真撮影が再開された。ようやく私の番になったのでフランスから来たという40前後の男性にシャッターをお願いする。岩を伝い人魚姫の台座の下にもぐりまず私一人でポーズ、続いて彼の息子さんと撮ってもらう。スポーツ刈りの利発そうな10歳位の少年は落ち着いた表情でカメラに収まってくれた。いい記念になった。
このブロンズ像は、100年ほど前にアンデルセンの童話「人魚姫」に感動した地元の彫刻家によってつくられたという。自分の奥さんをモデルにしたらしい。これまで人魚姫の首が2度にわたって何者かによって切り落とされ、腕がもぎ取られたという事件が起こっている。世界でもよく知られたブロンズ像らしいが、目の当たりにすると意外にお粗末だ。高さ80センチ足らずでそれほど凝った造作がほどこされているわけじゃなく、それも何の変哲もない入り江にポツンとある。アンデルセンの童話から抜け出した人魚姫が、このひなびた海岸の岩に漂着したような錯覚を与えるのかもね。その飾り気のない素朴さが、訪れる人々をメルヘンの世界に誘うようだ…。