トップ> どんぐりsひろば> 旅を語る、旅を想う おじさんパッカー 北欧編(28)

どんぐりsひろば

旅を語る、旅を想う

その他の読み物

おじさんパッカー 北欧編(28)

16.06.21

image29

 

ストックホルム別れの朝

 

デンマークへ旅立ち

 

7月4日、午前8時20分床を出る。といっても6時過ぎから目覚めていて、うつらうつらしているうちにこんな時間になってしまった。今日はストックホルムを離れ、コペンハーゲンに向かう日だ。昨夜は波間に揺れ動く慣れない船室で、睡眠不足気味だ。熟睡できなかったのには他にも理由がある。向かいのベッドの若者だ。ようやく寝ついたところで、彼がいきなり大声でお祈りをはじめたものだからすっかり目が覚めてしまった。思わず視線を彼のベッドに移すが「そんなことあったの?」そんな顔で寝入っている。

朝食をすませ9時半、リュックと小さなショルダーバックに詰まった全財産を担ぎ、足音を忍ばせて船室を出る。フロントの女性に「お世話になりました」と、わざと日本語で挨拶する。彼女はまっすぐ私の目を見て爽やかな笑顔を返してくれたが、当然のことながら言葉の意味は分っていないと思う。だけど、私の表情やチェックアウトしたばかりということから、お別れの挨拶だろうと思っていてくれるに違いない。「言葉じゃなく、心で通じた」瞬間だ。こんな出会いはこれまで数え切れないくらいあったし、これから先もあるだろう。15分ほどでストックホルム中央駅に着く。広いコンコースをせわしく人々が行き交っている。ほとんどが白人で、どこの国の人なのかは見当がつかないし、話している言葉もマチマチだ。スウェーデンの土をもうこの先踏むこともなかろうと、そんな気持ちで外に出て胸一杯にストックホルムの空気を詰めた。

 

image28

 

黄色の絨緞

 

午前10時20分、電車は定刻にストックホルム中央駅を後にする。赤レンガの屋根がどこまでも続いている。昨夜の睡眠不足もあってか、知らないうちに眠ってしまったようだ。気がつくと家並は消え、車窓には水平線の彼方まで菜の花畑だろうか黄色の絨緞が果てしなく広がっている。いつ乗ってきたのか、隣席に中年男性が新聞を読んでいた。作業着のようなジャンパー姿だった。「どこまで?」と私に声をかけてきたような気がしたので、「コペンハーゲン」と答えると、彼は無表情にうなずいた。普段着でそれもぱっとしない身なりのそんな私を、彼は地方から出てきた田舎者とでも思っているらしくそのまま新聞に目を落とした。そのさりげないしぐさから察するに、彼は私を外国人だと認識していないようだ。周りに視線を移すと、車内は満席でいつのまにか通路も人で埋まっている。

11時15分、知らない駅で電車が止まったまま動かない。終点で降りればいいと思っていたのでそのまま座っていると、「全員降りるんだよ」と隣席の男性。「ここからバスに乗り次の駅まで移動だ」という。「そんなの聞いてないよ」と、思わず叫ぶが彼は無言で降車口に急いだ。続々と乗客がホームに降りだし、ほどなく車内は空っぽになる。駅前に2連結のバスが3台、まるで電車のように並んでいる。何も分からず、乗務員の指示に従い乗り込んだ。

 

image131

 

2両連結バス

 

電車の乗客を全員詰め込んだバスは、つぎつぎと走り出した。町を抜け出すと物凄くスピードを上げ、次々と前の車を追い抜いてゆく。それも車体を傾け、くの字に連結部分を折り曲げながらの疾走。大粒の雨が激しく窓ガラスを叩く音。左右に大きく揺れ動く車内は、まるでジェットコースターなみの恐怖だ。「こんな無茶な運転をするのは何者か」と、前の車両の運転席を探すが、込み合う乗客の背中で視界はさえぎられる。事故でもあったら…と、不安で、不安で終始お尻が座席から浮き上がったままだ。
1時間ほどで乗換駅に無事に到着し、思わず胸を撫で下ろす。「ここでマルメ行きに乗りな。時間がないから急いで」と、隣席の親切な男性が声をかけてくれる。乗り継ぎ列車の時間が迫っているということで、こんな猛スピードでバスを走らせたのだとその時気づく。マルメ行はローカル鉄道そのものの古びた車両だった。ようやく空席を見つけ荷物を抱えて腰を下ろすと、遅れてきたバスの乗客が通路を埋めてゆく。12時36分、動き出した。雨はすっかりあがり、入道雲が立ち昇っている。行けども、行けども低い針葉樹の森がまるで大地を塗り固めたように続いている。列車はどんどんとスウェーデンを南下しようやく、15時12分、デンマークとの国境の町マルメに到着した。海峡を挟んですぐ向かいのコペンハーゲンとは橋で結ばれているがさて、コペンハーゲン行きの電車はどこから出るの?

 

image38

オースレン大橋(手前がスウェーデン  ネットより)

 

慌ただしく駆け抜ける人の群れに巻き込まれながら、ホームの電光掲示板に目をやる。コペンハーゲン行は15時44分と表示されていた。絶対に乗り間違いをしてはいけないと、これまで電車に乗る時は3回、声をかけるようにしている。まず最初はホームの出入り口で「どのホームから出ますか」、次にホームで「どの車両ですか」、最後は乗車直前に「この電車○○行きですよね」と、こうやってようやく車両に乗り込む。ここマルメでも電車の前に立つ駅員に「この電車、コペンハーゲン行きですよね」と声をかけた。制服に身を固めた30前の男性が、大きくうなずいた。車内は空席が目立つ。そんな時も、先客がいる隣の席に座ることにする。なぜなら、分からないことがあればすぐに聞けるからだ。マルメまで彼も私と同じ電車だったというので声をかけてみた。「ストックホルムでもらったダイヤでは、コペンハーゲンまで直行のはずでしたが、途中の駅で下車させられてバスに乗り、また電車でマルメに来ましたが線路になにかトラブルでもあったのでしょうか」。これだけのことを言うのに、地図を広げ、手振り身振りを交え5分ほどかかった。スウェーデン人という中年男性は、何もいわず会釈しながら首をかしげていた。しばらくして、「数年前、国境に橋が架かって便利になったよ」と笑顔を向けた。どうやら互いの会話はかみ合っていない。ぜひとも知りたかった「途中からバスに乗り換えた理由」は、闇の中だ。
オースレン海峡をまたいでコペンハーゲン(デンマーク)とマルメ(スウェーデン)を結ぶルートは2000年7月に完成した。海底トンネル(3.75キロメートル)、人工島ペウオホルム(4.05キロメートル)、オースレン大橋(7.85キロメートル)と全長16キロメートルにもなる。
定刻に電車が動く。ほどなく北海とバルト海の海峡に架かるオースレン大橋にさしかかると、両側の車窓から真っ青な海が広がる。近くを航行する船の舳先に、赤地に白十字のデンマーク国旗がはためいていた。遠くの島々に張りつくように建っている民家の屋根からも国旗が見える。国境が隣接しているので自国を思う気持ちが強いのだろうか。日本のような四面を海に囲まれている島国ではこれほどの自国意識はない。

 

image48

 

コペンハーゲン中央駅

 

16時36分。コペンハーゲン中央駅に滑り込んだ。荷物を抱え隣席の男性に「ありがとう」と声をかけホームに降り立つ。デンマークの玄関口はレンガ造りの古びた建物だ。首都の駅にしては少しお粗末かと思うが、これはなにもここに限ったことではない。オスロでも、ヘルシンキでも、ストックホルムでもよく似たものだった。地下街とリンクした東京や大阪に限らず、地方の駅でもここよりはるかに大規模だ。日本の駅がむしろ異常なほど大きいのか。

 

image56

 

ホテルに到着

 

駅前の案内所で紹介されたホテルに向かう。途中、パン屋の前にいた若者に道を尋ねると、「その角を左に曲がった所」と愛想いい。旧市街の石造りの一角にホテルはあった。駅から5分ほどの距離だ。「SELANDIA HOTEL」。レンガの外壁、2階建て。丸くかたどられた窓がオシャレだ。ここでも、赤地に白十字のデンマーク国旗がはためいていた。それも4本も。案内所から連絡が入っているらしくフロントの中年男性が手馴れたしぐさで、ルームキーを手渡し、「朝食は食堂で7時から」と話し軽く会釈した。階段で2階へ。6畳ほどにシングルベッド、デスク、テレビが置かれ冷蔵庫まである。その上バス、トイレ完備だ。思わず、ほおが緩む。昨夜は帆船という珍しい所で一夜を明かしたが、話しの種にはいいが寝心地は最悪だった。今夜は気兼ねなく手足を伸ばし、ぐっすり眠ることができる。そんな普段当たり前のことが、とんでもなくうれしくて体が震えるほどだ。見知らぬ土地で今夜のねぐらを捜し歩く旅を続けていると、事情はどうあれ、ホームレスの不安な気持ちが少しは分かる。