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おじさんパッカー 英国編(19)

16.06.22

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ローマの砦

箸の使い方、教えましょうか…。

 

「日本のガイドブックに書かれていたんだけど、マンチェスターには観光名所といわれるところが少ないらしいね」と、つい先ほど親しくなった駐車料金徴収員と思われる若者に声をかけた。彼は一瞬むっとした顔になり、「ついておいでよ」と黙って歩き出した。
ローマ時代に造られたという城壁があった。サッカー場ほどの広場をぐるりと取り囲んでいる。「このあたり一帯は、マンチェスター市の保存管理区域になっているんだ」と言いながら彼はキャッスルフィールド(Castlefield)と記された看板の前に立つ。

 

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案内板

 

この城壁に囲まれた辺りはローマンフォート(Roman Fort)、つまり「ローマの砦」と呼ばれている所らしい。イギリスは島国だが、同じ島国の日本と違ってこれまで何回も異民族の支配を受けている。「もともとケルトという原住民族が住んでいた。ところが1700年前にローマ人が侵攻し、この地に砦を築いた。その後もアングロサクソン人やノルマン人に支配されたが、マンチェスターの町はこの砦からから始まった」と、彼は案内板の文字を目で追いながら話す。

その時期、日本では水稲耕作が始まった弥生時代で、あちこちに集落ができはじめ、部落間の紛争が頻発した時代でもあった。イギリスの先住民もおそらくそういう似たような状況だったのだろうか。そこへローマ人が高度な文明とハイテク技術を携えて侵攻し、たちまち支配されてしまったようだ。いま見るローマの砦には500人ほどのローマ兵が駐屯していたという。
今も発掘中なのか、崩れかかった石垣の一部から小石がこぼれ落ちている。砦の上に立ちローマ兵がしたようにあたりを見渡 す。訪れる人もなく、ひっそりしていた。この周辺一帯は保存されるべき遺跡地区なので、開発の手が入らず当時のままの姿で残されている。

 

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発掘調査

 

彼としばらく行くと、運河に突き当たった。運河の船溜まりに腰を下ろし、濁った水面を二人で眺める。船が動き出し、鏡のように静かだった水面が波打った。何を運んでいるのかと、船内を覗き込んだが空だった。産業革命当時に造られたこの運河は、今でも輸送用に使われているようだ。この運河はブリッジウォーター運河といい、1761年に世界最初の商業専用運河として開削された。周辺にいくつかの運河倉庫も建設され、イングランド北中部の産業拠点として発達していったようだ。鉄道開設で陸上輸送が主力になり、水運が次第に廃れていったという。彼は、そんな話もしてくれた。

 

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船溜まり

 

仕事があるという彼と別れた。別れ際に「日本の出版社に言っておいてよ。マンチェスターは歴史ある古い街で見どころはいっぱいあるから」と。ぶらぶら歩いていると奇妙な格好のものが目に入る。ガード下に、直径2メートルほどもある蓋付きの湯飲み茶碗のお化けが据え付けられていた。どこか東洋的な雰囲気が漂っている。何かいわれがあってここに置かれているのかと、通りがかりの人に声をかけてみるが、「ノー」のひと言で片付けられた。2,3人に声をかけてみたがいずれも、「なんでそんなつまらんこと訊くのだ」と言わんばかりの顔で通り過ぎていった。

 

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茶碗のお化け

 

午後6時過ぎ「ワガママ」という、うどん屋があるというのででかけた。店内は100人くらい入れる広さ。ほぼ満席。長テーブルが通路を挟んで20本ほど並んでいる。さながら社員食堂を思わせる。正面は厨房で現地スタッフが立ち昇る湯気の中で忙しそう だ。インド人や黒人の女性もいた。日本人を探したが見当たらない。「麺類とくれば、日本人だろう」と、思わず口をつく。
メニューは、焼きうどん、焼きそば、カレー、チャーハン、揚ものなどで、下町の食堂のようだ。「天ぷらうどん」を注文したら「ない」という。仕方なく、焼きうどん(8ポンド約1600円)とビールをたのむ。ほどなく、大皿にたっぷりの「焼きうどん」がやってきた。2人前はあろう結構な量だ。うどんとは名ばかりで5~7センチほどの長さに刻まれている。その上にピーマン、きのこ、ミンチ肉、玉ねぎがたっぷり盛られていた。味は辛くパサパサしている。

向かいのイギリス人が友人に箸の持ち方、使い方を教えていた。「まず1本を人指し指と、中指でつまんでごらん」、「そうそう、次にもう1本を親指の付け根に挟むのさ。いいかい、こんなふうに」と、手本を見せる。そして得意気にきのこを摘み上げ、友人の顔の前にかざした。指南を受けている友人もやってはみるが、挟むことはできても摘み上げることはできない。「もう一度」と、半ばしごきにかかる。箸と格闘する彼らを横目で見ながら、遠慮がちにマカロニのような短かく刻まれた焼きうどんを口に運ぶ。

 

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うどん屋

 

二人は懸命に箸と格闘している。指導している男性の箸の持ち方は、幼児がやるように箸の先の方を握っている。皿から麺を摘み上げる時、小指が皿にくっついている。ようは、箸先がピタリと合わさらないからどうしても指が下になる。本場の私に言わせれば指南役の彼に「それじゃ…」と、ダメ出ししたい気持ちだ。生徒役の男性はというと、かろうじて摘まめてもなかなか料理を口まで運べない。空腹を押さえての奮闘が、20分ほど続いた。もう我慢ならないようで「フォーク!」と、店員に声をかけた。先生役は、箸を使ってはいるが、口に運ぶ手前でボトボト落としたり、小指についたソースをティッシュで拭っていたりと、せわしい。

「箸はこうして持つんだよ」とばかり、箸の上を握り、自分の皿からマカロニもどきの短いうどんを摘み上げて見せた。「教えて頂戴!」と言われるのを期待したが、彼らは私のしぐさを見てみぬ振りをしている。彼らにも面子があるんだ。それは認めようと、おせっかいはやめた。大皿の焼きうどんを平らげ、席を立つ。ふり返ると、二人はまた「箸の使い方講習」を始めていた。「頑張ってください」と口ごもり、店を後にする。