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おじさんパッカー 英国編(20)

16.06.22

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マシュー・ストリート

 

「ビートルズの聖地」がこれっ?

 

「きょうはビートルズに逢いに行こう」と、街に出る。肩をぶつけ合うように大股で先を急ぐ人たち。車の流れが途切れると赤信号でも一斉に横断する。どうやらここでは信号無視が当たり前のようだ。20分ほどで駅に着く。9時15分発のリヴァプール行き電車は、5分遅れで14番ホームを離れた。車窓からマンチェスターの街が流れてゆく。あちこちに運河が目につく。マンチェスターは、かつて綿織物で栄えた町で、当時から運河が輸送の大動脈だったのだろう。

いま乗車しているマンチェスター、リヴァプール間の鉄道路線は1830年に走った世界初の鉄道として歴史に刻まれている。蒸気機関車がけん引し、旅客と貨物の両方を運ぶ本格的な鉄道はこの鉄道が最初である。G・スティーブンソンが製作したロケット号が牽引する列車は約50キロの区間を4時間半かって走ったという。そんなことを思いながら車窓を流れゆく景色を眺めていると、遠足なのか小学生の一団が乗り込んできた。これまでの静寂を破り車内は急に賑やかになった。あちこちで甲高い話し声が飛び交っている。英語では苦労させられてきただけに、母国語が世界共通語であるこの子らが羨ましい。

 

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リヴァプールの玄関

 

10時40分、リヴァプールの玄関、ライム・ストリート駅に到着した。マンチェスター同様、全面ガラス張りでモダンな駅舎だ。駅を出たところでいきなり声をかけられた。「ここに行きたいんだけど…」と、地名が書かれたメモを私の顔面に差し出した。人のよさそうな中年男性だった。「実は私は日本人で、今しがたここに来たばかりですので」と首を横に振ると、「どうも」と、罰の悪そうな顔で彼は足早に立ち去った。期待に応えられなくて、なにか悪いことでもしたような、そんな気分で彼の背中をしばらく追う。

リヴァプールといえば、「ビートルズ」だ。まだ売れない頃のビートルズが過ごしたというマシュー・ストリートを目指して歩き始める。リヴァプールは人口約44万人ほど。アイリッシュ海に面し、マージー川の河口に位置する古くから栄えた港町。でも、なんといってもビートルズのメンバー全員が、この町で生まれ世界に羽ばたいていったのだから。

 

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ひっそり佇むジョンレノン

 

「ビートルズのマシュー・ストリートに行きたいのですが」と、道行く人に声をかけるが「知らない」と、さも申し訳なさそうな顔する。「世界のビートルズ」なんだから、リヴァプールの人だったら、百発百中、ポンと答えが返ってくると思いきや、5人目でようやく「オーケー」が出た。30前後の男性だった。「とりあえずこの先まっすぐ。まだまだあるから途中で尋ねて」と。女性は、ほとんど「ノー」だったのには驚いた。それでも目的地に到達するまでに、3人ほどに声をかけた。それも年配の男性狙いだ。「ビートルズか。わざわざ日本からよく来たね。ありがとうよ」と、感謝の気持ちが戻ってきたのには驚いた。「この街の若い者はビートルズを知らないんだから困ったものさ」と、苦笑いしていた。「近くまで一緒に行ってやるよ」と、おじさんは足早に駆け出した。「あのビルの角を左に曲がった所さ。わざわざ遠い所から来てくれたが、期待するんじゃないよ。世界のビートルズも今じゃ、昔話になりかかっているんだから」と、おじさんは寂しそうに手を振った。

ようやくにして、ビートルズの原点であるマシュー・ストリートに足を踏み入れた。道幅6メートルほど、両側を古びたレンガの壁が立ちはだかった下町風だ。人通りもまばらで、標識もなくおじさんが言っていた通り「世界のビートルズ」の香りがしない。この通りがビートルズの聖地だということを知らせるものは、「ようこそ マシュー・ストリートへ ザ・ビートルズ」の色あせた白い横断幕ぐらいだ。

 

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キャヴァーン・クラブ

 

デビューしたての1961年ころ、毎晩のように4人がステージに立ったクラブがある。「キャヴァーン・クラブ」。レンガ色のビルの一角にオレンジ色の看板が目に止まる。入り口に立った。彼らがデビューを飾った伝説のパブだ。メキシコから来たという、若い男女がパブの扉を背にシャッターを押してくれという。「音楽に興味をもった時はすでに解散していたけどね。僕たちには伝説のミュージシャンだよ。彼らが世界に飛び出しすきっかけになった場所に、僕たちが今いるなんて信じられない」。夫婦だろうか、恋人同士だろうか20代半ばの若者は互いに肩に手をやってにっこりポーズをとった。私もカメラを差し出し、彼らにシャッターを切ってもらう。

 

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ビートルズショップ

 

クラブの玄関はレンガ色に黒っぽいガラスのドア。間口2メートルほどの小さなものだ。右隣のビルは壊され空き地になっている。「キャヴァーン・クラブ」は経営難で一度潰れたようだが、再開して夜だけビートルズの曲を生演奏しているという。玄関先に工事用の柵が無造作に置かれている。私たちのような観光客以外、立ち止まって眺める人はいない。通りにはビートルズの曲が流れ、グループの写真や看板が通りを飾っているのだろうと思っていたが…、建物にも通りにもそれらしきものはない。ビートルズゆかりの地と思わせるものは、エリナー・リグビーとジョンレノンの銅像ぐらいだ。それも1メートルくらいの小さなものでビルの陰に隠れていて注意しないと気づかない。唯一、ビートルズに気づかせるものは、雨で薄汚れたBEATLESと記された古びた横断幕が通りに垂れ下がっているだけだ。世界の誰もが知っているのに、この寂れ方はなんだ。ビートルズフアンでなくとも怒れてくる。

 

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ビートルズショップのオーナー

 

通りに面した唯一の「ビートルズショップ」に入る。ここではビートルズの音楽が流れていた。10畳位の小さな店だ。レコード、写真、Tシャツ、キーホルダーとビートルズグッズが所狭しと並んでいる。「イギリスの人たちより、外国からの観光客が買ってくれる」と、口ひげをつけた40前後の店のオーナーが無表情に話していた。店内には10人ほどがお宝を探すように、展示物に目を凝らしている。帰り際に、「日本から来た。せっかくだから写真を撮らせて」と店のオーナーにいうと、「ジョンレノンのパートナーのオノヨーコは、たしか日本人だったよね。彼女は日本に住んでいるの?」そう言いながら、彼は私のカメラにおさまってくれた。