トップ> どんぐりsひろば> 旅を語る、旅を想う おじさんパッカー 英国編(6)

どんぐりsひろば

旅を語る、旅を想う

その他の読み物

おじさんパッカー 英国編(6)

16.06.22

image718

 

城壁は市民の散歩道

 

城壁巡り

 

朝食を終え部屋に戻る。大聖堂に向かう大勢の人たちの話し声や足音が、ガラス窓を通して部屋に容赦なく飛び込んでくる。さて今日の行き先は?と、ベッドに腹這いになりながらガイド書に目を落とす。大聖堂もいいが、まずは中世に築造された約4.5キロにわたって旧市街を取り囲む城壁を歩くことに決めた。川などで3か所ほど城壁は切れているが、とにかく城壁に沿って歩けばこの街の名所、旧跡に出会えそうだ。カメラ、双眼鏡、旅行ガイドなどをセカンドバックに詰める。もちろん腹巻にはパスポートやロンドンからの帰りの航空券など、大事なものがしまってある。腹巻は寝ているときもつけているので、まさに肌身離さずだ。
9時20分、ホテルを出る。ホテルの前が町の中心らしく大聖堂や市内観光案内所などがあって、朝早くから観光客で賑わっている。しばらく石畳の街並みを歩いていると、眼前に見上げるような城壁が現れた。石段を踏みしめ城壁の上に顔を出す。視界が一気に広がる。一面、赤茶けた屋根瓦の海だ。その海の底に人々の暮らしがひしめいているのだろう。低い家並みから突き出るように、レンガ造りの煙突が目に飛び込んできた。何世紀にもわたって使われ続けてきたと思われる古びた煙突だ。先端部分には真っ黒い煤が分厚くまとわりついている。眼下にはバスや車が、そして遠くに目線を移すと郊外電車が身をくねらせて走っている。まるでヨーク市街のジオラマを見ているようで飽きない。

 

image813

 

城壁を歩く

 

壁の上を歩き始める。人ひとりがやっとすれ違いできる幅1メートルほどの通路。千年近くも大勢の人に踏みしめられて磨り減った石版が、タイルのように滑らかに敷き詰められている。城壁は見たところ高さ7、8メートルはあり、長方形の石のブロックが隙間なく積み上げられていた。力いっぱい押してみるとザラっとした感触が手のひらに伝わり、思わず冷たい石の壁に全体重を押しつけてみたがびくともしない。この堅牢な造りの壁が何百年も前から街を守り続けていて、威厳さえ感じる。

 

clip_image00225

ヨークの街を取り囲む城壁図

 

市街図で見ると城壁は一辺がおおよそ1キロほどの四角形で町を囲っている。といっても街を南北に流れるウーズ川や東西に横切るフォス川などがあって壁が途切れたり、カーブするなど形を変えて伸びている。城壁が方向を変えるコーナーにはベンチや展望台がある。また、小さな花壇もあり市民の憩いの場としても利用されているようだ。この城壁めぐりは市民の散歩コースらしい。すれ違いに道を譲ると「おはよう」と、気軽に挨拶してくれる。それも満面の笑みで。ベンチに腰を下ろして老夫婦が話し込んでいた。私の顔を見ると「あなた、中国人?」と白髪の奥さん。「日本人です」というと、「そう、日本の人も中国の人も、区別つかないわ。みんな同じに見えちゃうの」。ここで負けちゃいかんと「私も、イギリス人やドイツ人など西欧の人は区別できない」と返す。「おかしいわよ。明らかに違うじゃない。少なくともイギリス人かどうかは区別して頂戴ね」と、やり返された。イギリスは宗主国よ。それが証拠に英語が世界中でこれだけ使われているじゃない。イギリスは特別なんだ。そんな気概がこの老夫婦から感じ取れる。他のイギリス人もそんなプライドを持っているのだろうか。「エリザベス女王は、世界の女王様なの」とでも言いたいようだ。「この町にも日本人がたくさんいるよ。城壁の外、新市街には新しい工場ができている。もちろんドイツやフランスといった近隣の国の人が多いが、はるか東の中国や日本の会社も沢山あるわ」と話は続く。「イギリス ナンバー ワン」と言いたげな、英国の香りがぷんぷんする老女との話に、「大英帝国時代じゃあるまいしね…」と思いながら老女と離れ、南の方に歩き始める。

 

clip_image00224

 

新旧市街地を分ける城門(ネットより)

 

城壁の内側、旧市街は何世紀も前からのくすんだ石造りの古い家並みが、びっしり詰まっている。かたや壁の外側の新市街はガラス張りのビル群が目立つ。異なった景色の新旧が壁を隔てて隣り合っている。「きれいに整備されてはいるが、壁の外はよそ者だ」という意識が今も強いようだ。きっと旧市街に住んでいるであろう、先ほどの老夫婦の口からもしばしばそれらしきことが語られていた。
30メートルほどの小高い丘の頂に、シルクハットを載せたような筒状の城郭が目に留まった。13世紀半ば頃に築かれたヨーク城の一部らしい。現存する唯一の構築物だそうで、クリフォード・タワーと呼ばれている。すぐさま、城壁を駆け下りる。タワーへは200段ほど石段が天上に導かれるようにまっすぐ伸びている。若者達が息せき切って走ってゆく。私も負けじと若者の後についた。見下ろすとヨークの街を取り囲む城壁が、長い体をくねらせながら空に昇る竜のようだ。高層ビルもなく、視界を遮るものがないので街並みが一望できる。時折、冷たい風が頬をかすめてゆく。目を移すと目の前にキャッスル博物館がある。ヴィクトリア時代の生活が再現展示されているようだ。観光客の長い列が途切れることがない。
旧市街の中心部を目指して川沿いに歩き出す。車1台がやっと通れそうな狭い石畳の道に迷い込んだ。苔むした古びた石造りの建物が両側から迫っていて、何百年も前にタイムスリップした気分にさせられた。肩をぶっつけあうくらいに人で溢れている。団体客が固まりになっていたので、観光ルートなんだろうか。人恋しくなって日本人を探すが、近づくとけたたましく中国語が飛び交っていた。

 

image912

クリフォード・タワー

 

通りの店で夕食をすませホテルに戻りテレビをつける。放映は6チャンネルあって、討論、スポーツ、ドラマなどを流していた。日本のようなバラエティー番組はない。「吉本を輸出したら」とふと思ったが、日本がお笑い芸人で埋められているのも考えものだ。テレビを見ていても、早口でまくし立てるような口調、まさにネイティブそのものでとてもついてゆけない。テレビから離れ、すっかり帳が下りた街の家並みを窓から眺める。大聖堂が影絵のように浮かび、尖塔だけが遠くの街の灯に照らされて輝いていた。視線を変えると、くねくねと曲がりくねった街路灯がまるで大蛇のようにのびている。派手なネオンもなく、高層ビルの明かりもなく、街全体が暗く沈んでいる。夜11時、突然、テレビ画面に日本が映った。懐かしさもあって思わず画面を見つめる。東京、新宿の夜らしい。路上をふらつく深夜の酔っ払いや殴り合いの喧嘩などが取り上げられていた。ニュースなのか、特集番組なのかわからないがしばらく観ていると、どうやら「酔っ払い天国日本」と、過剰な表現で映し出しているようだ。日本人を揶揄するような番組に腹立たしくなり、スイッチを切ってベッドにもぐる。