トップ> どんぐりsひろば> 旅を語る、旅を想う おじさんパッカー 英国編(4)

どんぐりsひろば

旅を語る、旅を想う

その他の読み物

おじさんパッカー 英国編(4)

16.06.22

image521

 

ロビン・フッド像(ノッティンガム城)

 

ロビン・フッド

 

ノッティンガムはイングランド中央部の都市で、ロンドンの北170キロ位のところにある。電車なら2時間くらいかな?車中で読んだガイド書によると、人口約30万人のノッティンガム市はもともと国内有数の工業都市で、かつてはレースなどの織物や石炭産業で繁栄していがこのところこれらの基幹産業が衰退し、海外にも呼びかけ新規産業誘致に力を入れているようだ。ノッティンガムといえばシャーウッドの森を拠点に、悪徳領主と戦ったロビンフッド伝説の舞台としても有名だね。
ノッティンガム中央駅は、古びた学校を思わせる赤茶けた石造りの堅牢な佇まいだ。すぐさま公衆電話からAさんに電話を入れ、午後4時に駅前で落ち合うことになった。それまで2時間半ほどあるのでノッティンガム城を目指す。城が築かれている岩山に着く。築城は1068年だというから約千年近く前になる。日本では平安中期、平家が台頭し武士が頭をもたげはじめた頃だ。見上げる山肌のあちこちに岩をくりぬいた横穴が目につく。穴の入口に格子がはめられていて、近くの案内板に牢獄や物入れに使っていたと記されていた。

 

image618

 

ノッティンガム中央駅

 

城壁に沿って歩いていると、弓を引くロビン・フッドの銅像があった。キリキリキリと弦がしなる音が聞こえてくるような、力感溢れるものだ。鎧兜をつけ、戦闘モードが像の肌から伝わってくる。そんな歴史的な(?)ロビン・フッドの頭に地元の子どもが腰を下ろしている。もう一人は弓のつるにぶら下がるようにふざけている。これではロビン・フッドも台無しだ。遠来の観光客にはこの光景は興ざめだが、近所の子どもたちには、銅像は鉄棒や滑り台代わりの遊具になんだろう。脇で母親らしき女性が子ども達を見守っていた。「どちらから?」、「日本からです」、「日本? ああ、東の方ね。ロンドンには行ったの?」、「ロンドンで乗り換えて、先ほどノッティンガムに着いた」、「こんな田舎じゃ何もないよ。ロンドンでもっと時間をとらないと…」、「知り合いがいるのです。ここに」、「それじゃ仕方ないね。日本に帰る前にロンドンに立ち寄りなさいね」と、彼女はせっかくイギリスに来たんだから、ロンドンを見ないなんてとんでもない。そんな強い口調だった。「いい加減にしないさい。帰るよ!」と、子ども達を促した。帰ろうとした子ども達を呼び止め、ロビン・フッドの銅像の前で写真を撮る。「お母さんもどうですか」と声をかけたが、普段着だからと断られた。

 

image717

 

ロビン・フッドに馬乗り

 

子ども達と別れ城壁沿いに歩くと、城門に出た。入場料はと、窓口に顔を出すと「今日は無料の日」とおじさんの声。そのまま城に入る。手前に色とりどりの花が咲きそろった花壇があった。その視線の先、200メートルほどの丘の上にお城がある。「せっかくだから城内散策を…」と歩きかけ、時計に目をやると4時15分前。Aさんとの約束の時間が迫っている。慌てて駅に向かう。10分ほど遅れで、Aさんが来た。懐かしい顔だ。3ヶ月前に住み始め、すっかり町にとけこんだ力の抜けた表情だった。「ヤア、田中さん。お待たせ」と、気軽な挨拶。「案内するよ。お城は行ったの」、「城からの帰りです」、「それじゃ、珍しい店を見せよう」と、城壁の方に足を向けた。岩山をくりぬいた洞窟のひとつに足を止めた。「ここは世界で一番古いバー(酒場)なんだ」と、Aさんから聞かされ、地肌むき出しの洞窟に足を踏み入れる。天井に頭をぶつけないよう前かがみに進む。岩をくりぬいた狭い通路でつながった小部屋がいくつもあったが、すでに先客がジョッキを傾けている。昼間でも薄暗く、裸電球がろうそくのように壁際に点っていた。千年も前のものを今もそのまま使っているという。空席を探したがどの小部屋にも客がいる。「中世からつづく穴倉で飲む気分は?」と、酔客にマイクを向けてみたくなった。洞窟の出口近くで、30前後の日本人女性が親しく話しかけてきた。主人がイギリス人でこの近くに住んでいるという。「どうして私達が日本人だったわかったの」、「だって、日本語で話していたじゃない」、「この街のお勧めポイントはありますか。お城とロビン・フッドの銅像は見たんですが」、「そうね。ノッティンガム城も、う~ん…どうでしょう? この洞窟パブは『英国最古のパブ』なんて言ってますが、(あれっ 世界一じゃなかったの)それもあくまで『自称』ですし。逆にコレというものがあったらこちらが教えてほしいわ」。観光スポットを期待したが、彼女の返事はつれないものだった。

 

image812

 

世界最古?のパブの入り口

 

「今夜はすき焼きにしょう。ワイフが田中さんに食べさせてやりたいんだって」、「日本を出て、日本のものといえばベルリンで口にした寿司ぐらいだから、楽しみです」と口にすると、「あまり期待してもらっちゃ困るんだ。だってすき焼き用の肉もないし、豆腐やネギだって日本のものと違う。ミンチ肉を使ったすき焼きの真似事だね。そんなに期待しないで」。近くに、アジア系の食材を専門に売っているところがあると、Aさんは急ぎ足で進んだ。入り組んだ狭い道に分け入り、古びたビルの一階に入った。まるで倉庫のように雑然と棚が何列も並んでいる。米、醤油、豆腐や春雨もあった。カップヌードルやサッポロラーメン、焼きそばUFOまである。直輸入らしく日本の倍近い値段だ。Aさんの話だと、この店の経営者はタイ人だそうだ。お客もほとんどがアジア系とインド人だという。カレーや香辛料の匂いが入り交じって、思わずハンカチで鼻を被う。

Aさんの自宅まで15分ほどだという。緩い登り坂、幅20メートルほどの石畳の道を歩く。Aさんはすき焼きの材料を詰め込んだビニール袋を、私はお土産に買ったケーキの入った箱を手にしながら、2人は長年この町に住んでいるかのように石畳の道を悠然と歩を進める。道路の中央に、直径20センチばかりの鉄の棒が突き出ているのが目に留まった。「車止めだよ」という。だけどこれだけ道幅があるんだから、通行制限しなくとも車はじゅうぶんすれ違いできるんじゃないのか。すかさず「これは私道でよそ者の車を締め出しているんだ。このあたりの人の車だと棒が下がるのさ」とAさん。車にセンサーが装備されているという。脇を車がすり抜けていった。さてどうなるかと見つめるとなんと、徐行する車の5メートル前方で棒は地中に潜ったではないか。なるほど。また、住宅脇の狭い道に入ろうとした時、門扉で道がふさがれていた。「こりゃまずいぞ」と思ったが、Aさんは何食わぬ顔で扉を押し開けたので「いいの?」と言うと、「いいんだ」と扉を戻し先に進んだ。いま私達が歩いている道は他人さまの土地なんだけど、「どうぞお通り下さいと、地主が地元の人たちに提供しているんだよ」。だったら、なにももったいぶって門扉なんかつけなければいいのに。「いや、一応ここは私の土地ですよという意思表示なんだ、門扉はね。自分の土地を通路に提供するなんて、イギリス人は心が広いというか、分かち合う気持ちが高いのかもしれないね」と、Aさんがニンマリする。

 

image911

 

洞窟とつながった家

 

Aさんが借りているという家の玄関前に立つ。赤レンガの壁、2軒続きの平屋建てだ。「築100年近いのじゃないかなあ」と、Aさんの話。夏というのにストーブは欠かせない。夜になると底冷えしますよとも。すき焼きが始まった。「ネギがないので白菜で。ミンチ肉のすき焼きでは盛り上がらんね」とAさん。キッコーマン醤油を手に入れたが、日本のものとどうも味が違う。日本のメーカーがこちらの人の口に合うよう現地工場で作っているという。酢の物、ちらし寿司も出てきた。これらは私のために材料を調達して作ってくれたものだ。感謝に耐えない。昨日まで夫婦でスペインの船旅を楽しんできたという。さっそく撮りたての画像をディスプレーで眺める。フランスやスペインなど近隣の国まではちょっとそこまでといった、国内旅行のような気安さがある。夜10時20分。Aさん宅を出る。街はすっかり暗くなり、思わず身震いするくらい寒い。とにかく中央駅を目指す。途中、道がわからなくなり,道行く人に3度ばかり声をかけた。私が外国人という意識はなく、早口でまくし立てる人もいる。30分ほどでホテルに戻る。久しぶりに日本語でのやりとり、ワイン、懐かしい顔そんなことを思い浮かべているうちに、睡魔にとりこまれた。