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おじさんパッカー 中欧編(25) 最終回

16.06.21

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オープンカフエ

 

キリツ(起立) レィ(礼) 

 

ホテルの近くに古びたレストランがある。店先のオープンカフェはいつも地元の老人たちで賑わっている。なかには朝からジョッキを傾け、すっかり出来上がっているつわもの爺さんもいる。午前10時過ぎ、何気なしに通りかかると、「寄ってゆかないか!」とでも言っているのか、赤ら顔の男性が私に声をかけてきた。どうせ暇なんだからと足を止めた。5人ほどの仲間が物珍しそうに、私の顔を覗き込んだ。「何処から?」、「日本から」。「ジャポン(日本)、ジャポン」と仲間がはやしたて、続いて「ソニー、ホンダ、ヒダチ、マツダ、コマツ」と、日本の企業名をつぎつぎあげた。「こいつはヒダチで働いていたのさ」と名指しされたおじさんが、急に立ち上がり、「オハヨウゴザイマス」、「コンニチワ」、「キリツ レィ」、「オワリ」と職場で耳にした日本語をたて続けに発した。まるで歌っているかのようにリズミカルだった。
「おれたちみんな年金生活だ。暇だから毎朝ここに来るのさ。若い頃は一生懸命働いたものさ。職場は違うが、みんな幼友達さ」と、見知らぬ私に、いきなりこんなことを話し出した。フランス語もオランダ語もわからないというと、その中の一人が英語で通訳してくれた。「楽しみといえばこうして気のあった仲間と話すことだ。毎日、毎日よく話すことがあるなと思うだろう。それがあるんだよなあ。このところ政治を話題にすることが多い。政権がどうのこうのということなんか関心ないよ。国の財政難がいわれているだろう。それなんだ。年金が減らされないか心配なんだ。だから政治には目が向くんだよ。選挙は必ず行くよ。特に老人達はね。こいつなんか若い頃から新聞も読んだことないのに、年金生活者になって読むようになったよ」。別れ際に「さようなら」と手を振ると、「サヨナラ」、「サヨナラ」…と、おじさんたちからこだまのように戻ってきた。

 

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ベルギー言語圏

 

オープンカフェに集うのは、必ずしも老人達ばかりではない。5時を過ぎる頃には仕事帰りのサラリーマンや学生風の若者の姿が目立つようになる。ジョッキ片手に気炎を上げている。といってもひどく酔っ払っている人は見かけない。どんなことを話しているのか聞き耳を立てるが、私の語学力では理解することはとても無理。だが、満面いっぱいの笑顔や肩を叩き合いながらグラスを重ねる光景から推測するに、お目当てのサッカーチームの健闘を仲間で分かち合っているのだろうか。
それにしても、イントネーションなどからどうも話している言語が、それぞれまちまちのようだ。ベルギー全体ではオランダ語が60%程度、フランス語が40%程度で、ドイツ語が1%ほどらしい。首都ブリュッセルはオランダ語の使われるフランダース地域に囲まれているが、フランス語を話す人が圧倒的に多いようだ。なぜ1つの国でこうも言葉が違っているのだろうか。ベルギーはオランダから分離独立した経緯があり、また一時期フランスの領土だったこともあって、オランダと接する北部ではオランダ語方言のフラマン語、フランスと隣接する南部ではフランス方言のワロン語がおもに話されているという。

 

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欧州旗

 

ブリュッセル中央駅前のシティーバンク銀行に行った時の話を。「金の引き出しはATMを使って下さい」という。入り口近くにあった器械の表示を見ていると「説明します」と、30過ぎの男性が近づいてきた。「どちらから?」と、「日本からです」と返答。すると「日本語表示に切り替えましょう」と、操作してくれた。日本語表示板が浮き上がってきた。さっそく、パネルにタッチし現金350ユーロをキャッシュカードで引き出す。「ベルギーの銀行にいて日本語で金の出し入れができるとは驚いた」と、脇に立つ銀行員に話しかけると、「日本企業の人たちがよく来られますから」と、さわやかな笑顔が戻って来た。

 

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EU本部

 

ブリュッセル最後の日、「ブリュッセルは欧州の首都だからね。国に帰る前にEU本部を見ておくといいよ」と、オープンカフェのおじさんに言われていたことを思い出しでかける。半円を描くように建つEU本部の建物。EU加盟国の国旗がまるで林立する幟のように玄関前にはためいていた。各国の旗に添って欧州旗がある。長方形の青地に、円環状に配置された12個の金色の星で構成されている。青地は青空を表し、12個の星が連なる円環はヨーロッパの人々の連帯を表すという。12は古くから「完璧」と「円満」を意味し、加盟国の数ではない。今後とも増えたり減ったりすることはないという。星が邦(州)の数を表す星条旗とは違うようだ。

 

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1847年に設計されたヨーロッパ最古のアーケード(ブリュッセル)

 

これまで訪れた欧州の国々では、日本で目にするパチンコ屋とかゲームセンターのような射幸心をあおる店は少ないように思う。目ざとい日本の遊戯企業が進出してもよさそうなものだが。法律ででも禁止しているのだろうか。欧州の人たちの楽しみといえば、映画、演劇、カフェでの談笑だ。もちろんスポーツ観戦は盛ん。それもサッカーだ。熱狂的なサッカーファンが集う一部のカフェからは夜遅くまで歓声が響いている。一般的にこちらの店は夜7時過ぎには閉まり街は暗く、静かになる。日本のように24時間営業のコンビニや明け方まで賑わう繁華街は見かけない。日本に定着したコンビニなどの施設は、深夜でも食料が調達できるとか、いつでも買い物ができるとか、24時間エンドレスに活動できる仕組みに人々を組み込んでいるように思う。夜は家庭で過ごすことが多いこちらの人たちにとっては、コンビニは必要ないのかもしれない。そして日本やアメリカのように射幸心を煽る施設が身近にある国に比べると、人々の顔が穏やかで落ち着いているように思うのですが。それにもまして、街が静かなのがいい。明日はいよいよ海を渡ってイギリスだ。どんな出会いがあるか、楽しみと不安に思い巡らせながら床につく。