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おじさんパッカー 中欧編(24)

16.06.21

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130年前の車

 

地図と磁石

 

ベルギーの人口は約1000万。その1割の100万人が首都ブリュッセルにいる。ブリュッセルにはEU機関やNATO本部、その他数多くの国際機関があって、欧州の首都といわれているらしい。でも100万都市といっても市の中心部はそれほど広くなく、めぼしい観光名所へはたいてい歩いてすませることができそうだ。今朝もいつものようにショルダーバックに地図、カメラ、双眼鏡、小型録音機、筆記用具それに磁石などを詰め込んでホテルを出る。とりあえず市内見物の基点にしているブリュッセル中央駅に向か う。通勤時間帯を過ぎたとはいえ、駅構内は大勢の人たちが行き交っていた。「ジャポン」といきなり大声がしたので振り向く と、インフォメーションボックスからおじさんが体をのり出している。アムステルダムからこの駅に降り立った時、ホテル探しに立ち寄ったので私の顔を覚えてくれていたのだ。丸顔で短く刈った坊主頭が人懐こい。近づくと右手を差し出し、いきなり握手を求めてきた。分厚いグローブのような肉感あふれる肌触りだ。言葉は交わさないが固く握った手を上下に揺らしながら、おじさんは「大丈夫かい」と目で語りかけてきた。そして、黙って市内観光地図を差し出した。飾らないおじさんの優しさは、心細い一人旅には最高のもてなしだ。

 

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サンカントネール(ネットより)

 

中央駅をあとに東の方向に歩き出す。ほどなく周りを木々に囲まれた公園らしき広場に出た。ジョギングの人がやたら目につく。まっすぐ公園を抜けると、広場を取り囲むように半円形の回廊が道を閉ざしていた。中央に凱旋門がどっしりと構えている。門上に前足を蹴り上げた4頭だての馬車、手綱を引く女神。ブランデンブルグ門で目にした像を思い浮かべる。門の真下に身を寄せ、ブランデンブルグ門でもしたように双眼鏡で見上げると、ほとばしる汗のように猛け狂う馬の背に、緑青が長くたれていた。手元の資料にはベルギー建国50周年記念として建造された「サンカントネール」とある。
背後から声がしたので振り向くと、若い女性が近づいてくる。長い黒髪を後ろに束ね、目がクリクリと輝いている。「シャッターを押してくれませんか」という。てっきり日本人かと思い「いいですよ」と日本語で答える。彼女は、ニコニコしてカメラを私の手に託した。凱旋門を背景に2回シャッターを押し彼女の手にカメラを戻すと「あなたもいかがですか」と、右手を差し出す。私も彼女にカメラを渡す。「どちらからですか」と、早口の英語で彼女は私の目を見たので「日本」とこたえると、「私はシンガポールから」と笑顔をつくる。「日本の人かと思った」と返すと、「あなたは中国人かと思ったわ。私は中国系なの。お互いよく似た顔ですね」そう言って、のけぞるように声をたてて笑った。彼女は大学生で一人旅を続けているという。ベルギーのあとフランスに入るらしい。旅なれた振る舞いに、怖さ知らずの若い女性のエネルギーを強く感じる。

 

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館内に翻る日の丸

 

こんもりした木々の間から、石造りの建物が突然顔を出した。興味半分に近づくと、「 Autoworld(オートワールド)」の横長のプレートが目に入る。吸い込まれるように足を踏み入れる。いきなり、1886年製の三輪自動車が目に飛び込んできた。むき出しのエンジン、座席も何もかもが黄色く塗られた薄い鉄板に取り付けられている。前輪に直結された曲がりくねった棒が運転席に延びている。これがハンドルらしい。舟の舵棒に似ている。車は入り口近くから奥に向かって年代順に展示されていた。アメリカ、ドイツ、フランスと欧米の車が居並ぶ中に、丸っこいトヨペットが目にとまる。

 

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80年前のベンツ

 

日本やアメリカ、ドイツに先を越されてしまっているが、もともとベルギーは古くからの自動車生産国だったらしい。この自動車博物館には、1886年から1970年代まで、約400台のクラシックカーが勢揃いしている。ここは欧州一のクラシックカーの殿堂らしく世界中からマニアが訪れるという。車の下に潜り込んでいる人がいる。「整備でもしているのか」、と近づくとフランスからやって来たという若者だった。「車の整備学校に通っている。いまの車はコンピューター制御でブラックボックスが多くてよくわからないが、古い車は構造がシンプルで勉強になる。この車なんかすべて手作りだよ。すごいだろう」と、得意気に話していた。「日本の車どうかね」と水を向けると、「性能は世界一だね。故障が少ないし、燃費もいいし。中小型車では抜群だね。欧州では日本車の人気は高いよ」と褒めてくれた。他に目を移すと、車の隅々までなめ回すように見入るマニアがあちこちにいる。ここは単なる車の博物館ではなく、学習の場でもあるようだ。

 

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ここはどこですか?

 

自動車博物館を出てしばらく歩くと、5本の道路が延びる交差点にでた。そろそろホテルの方向に向かわないとと、中央駅を地図で探す。「ホェア ウィ ナウ(ここはどこですか)?」と、地図を差し出しローターリーの花壇に腰を下ろす中年男性に声をかけた。彼は怪訝な顔で私を見上げ、ゆっくり腰を上げた。地図に目を落とし、しばらく無言。通りがかりのおばさんに「ここどこだ?」と、道探しの仲間に引きずり込んだ。地図を中心に4,5人の輪ができている。5分ほどして、「わからない」と一言。無表情に地図を私の手に戻してきた。どうやら私が差し出した地図は、このあたりをカバーしていないようだ。♪…遠くに来たもんだ…♪と、半ば自嘲気味に鼻歌がでる。「そうだ、ランドマークだ。グラン・プラスの市庁舎の尖塔だ」と、膝を叩き坂道をどんどん登る。しばらく行くと視界が開けた。ブリュッセルの旧市街が遠くに霞んでいる。双眼鏡を取り出し尖塔を探す。はるか前方に穂先がくっきり浮かんでいる。「目指す島はあそこだぞ」と自分に言い聞かせる。大海原を航行する船長の気分だ。すぐさま舵を切り、いま来た坂を小走りに下る。犬を連れたご老人が、あえぎ、あえぎ登ってくる。磁石を頼りに西へ西へと歩く。1時間ばかりして見慣れた中央駅前に来た。ここまで来れば勝手知ったるわが庭のようなものだ。この道を行けば「グラン・プラス」、その先の道を曲がれば、公園があり、ホテルも近い、などと一人呟いていた。山で道に迷ってようやくたどり着いた時のような安堵感が心地よかった。

中央駅を抜け、旧市街に入る。中世の面影を残す建物や街並みが残っている。このあたりは世界各国から訪れる観光客のお目当てだ。その一番が世界遺産「グラン・プラス」だろう。行き交う人の流れに沿って歩く。気がつくと「グラン・プラス」の真っ只中にいた。ツアー客の一団があちらこちらで塊をつくっている。輪の中心に説明ガイドがいる。日本語のガイドを聞きたくて日本からの団体さんを探すが…。英語、スペイン語、イタリア語、ドイツ語、オランダ語と聞きなれない言葉があちこちで飛び交っている。広場の端に日本人らしき一団を見つけ、勇んで近づくが中国語だった。