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おじさんパッカー 中欧編(18)

16.06.21

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アムステルダムの街(ネットより)

 

Go Dutch !

 

「そうそう、ブリュッセル行のダイヤを調べておかないと」と、アムステルダム中央駅に向かう。太陽が西に傾きかけ夕やみが迫っていた。「中央駅ならこの道を行くといい」と、通りがかりのおじさんに教えられ駆けるように体を運ぶ。10分も行くと夕日に照らされ、風景画のように水面の向こうに浮き出たレンガ造りの駅舎が、視界に入る。あと少しと歩を進めると、踏切の遮断機のような棒が道を遮っている。目を移すと空に向かって伸びる梯子車ように、コンクリートの壁が立ち上がっていた。どうやら大型船の通過で跳ね橋が持ち上げられているようだ。壁の前には自転車にもたれかかるように立っている人、買い物カゴを下げた人、子どもがはしゃぎまわる家族連れなど数人がいる。20分ほど待ったが船の姿はなく、もちろん橋の下りる気配もない。現地の人はしゃべったりしながら気長に待っている。暗くなる前に用事をすませたいという気持ちもあって、もと来た道を引き返し、遠回りを覚悟で中央駅に向かう。海からの風が頬に心地よい。1キロばかり歩いたろうか、振り返るとはるか先の跳ね橋はまだ上がったままだった。みなさん、辛抱強く待っているようだ。これもここに住む人たちの慣れ親しんだ日常なんだろうね。

 

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跳ね橋

 

「明日、10時前後の電車でブリュッセル(ベルギー)行きたいのですが」と、窓口の女性に声をかける。こんな時、駅員は親切だ。手元のキーボードを叩き、「10時23分ブリュッセル直行電車でどう」と口にしながら、すぐさま時刻表をプリントしてくれた。宝物でももらったように、駅員から手渡しされた紙片をカバンにおさめる。路面電車やバス、タクシーなどが行き交う中央駅前に立ち、「この街ともお別れだ」、そんな思いでしばらく周囲を見渡す。運河巡りの桟橋は、溢れんばかりの観光客で埋まっていた。これから夜にかけてクルージングが始まるようだ。色とりどりの灯りに包まれたナイトツアーもいいだろうなあ。

 

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アムステルダム中央駅

 

ホテルのロビーで日本人と会った。オランダで日本人と話をするのはこの時がはじめてだった。彼は日本の自動車部品関係の会社に籍を置き、2年ばかりここアムステルダムに出向しているという。「オランダ人は常に割り勘だといいますが、本当?」と、いきなり彼にぶつけてみた。「英語で割り勘のことをGo Dutch!(オランダ式で払おう)と言うほどですから割り勘が一般的だね。というよりこの国には『おごってやる』という文化はないね。でも日本でいう割り勘とはちょっと違う。たとえば5人ほどで居酒屋に行ったとする。オランダ人はそれぞれが自分で注文した飲み物や食べ物の代金だけを払う。当然、支払額は均等ではないね。でもね、こんな場合は違ってくる」と、彼は話を続ける。「プレゼント代など何人かでシェアする時は、それこそ1セントまで細かく計算するんだ。小銭持っていないので多めに払うよと言っても、『プレゼントは皆の共通の気持ちを贈るものだから均等負担でないといけない』と、わずか1円単位まできっちり割り勘にするのには驚いたね」。「オランダ人はケチだと聞くんですが?」と質問を続けると、「昼食は自分で作って来るし、飲み物だって自宅からペットボトルに詰めて持参する。着てくるジャケットだって毎日同じものが多いね。だけどね、外食をひかえたり、隣人のお祝い事には微々たるお金しか使わないのに、地球の裏側に暮らしてる、顔も見たことのない貧しい人たちには寄付をしますからね。彼らはけっしてケチじゃないね」

 

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仕事帰りにちょっと一杯(ネット)

 

割り勘はオランダ文化の最も公平かつ合理的な習慣だといわれているが、その延長線上に「ワークシェアリング」の発想があるのだろうか。一人当たりの労働時間を減らしてみんなで仕事を分け合うことで雇用確保を目指す「ワークシェアリング制度」の充実はオランダが世界一だといわれている。オランダのワークシェアリング制度は、1970年代のオイルショックの後、景気の低迷と物価の上昇に苦しんだ政府と労働組合、企業の三者で経済危機を回避し立て直すために考えられたものらしい。その内容は、「労働者側は企業業績向上のために、賃金の削減に協力する」、「企業側と労働者側は雇用の確保・創出のために労働時間の短縮を認める」、「政府は労働者の所得減少を補うため、減税と社会保障負担の削減を行うとともに財政支出の削減を行う」というもの。これらに取り組むことにより、ワークシェアリングが進み、失業率の抑制と景気の回復という「オランダの奇跡」を達成したといわれている。正規、非正規の賃金格差の解消や若者に就業の場を確保するために、日本でもワークシェアリングを導入する動きが広がってほしいものだ。

 

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水に浮かぶビジネス街

 

「明日、ベルギーにたちます。いろいろありがとうございました」と、いつも声をかけてくれるフロントのおじさんに挨拶すると「アムステルダムを好きになってくれたかね。こんど来る時もこのホテルに泊まってよ。もう歳でそう長く働けないから、できれば俺のいるうちに顔を見せてよ。明日は非番だから見送れないけど」と、大きな腹を突き出し、両手をひろげて握手を求めてきた。グローブのように大きく分厚かった。