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おじさんパッカー 北欧編(31)最終回

16.06.21

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笑顔の子ども達(ノルウェー オスロ)

 

The Jante Lawの教え

 

北欧4ヵ国の旅の最後の夜、夕食後ホテルのロビーでぼんやりしていると、「あなた日本からですか」と、40過ぎの日本人男性が声をかけてきた。彼はここコペンハーゲンに単身赴任して3年が経つという。「この国の人たちは、のんびりしていますよ。日本のサラリーマンのように夜遅くまで働くこともなく、午後5時過ぎには自宅に戻り家族と食卓を囲むといったようにね」と。そして「街に出ても、みなさんゆっくり歩いていますよね。あなたもそう思いませんか」と、私の顔を覗き込んできた。「私はまだここにきて数日しかたっていないので、よくわかりません。でも、日本では子どもの数が減って少子化が心配されていますが、こちらに来て驚いたのは、大きな乳母車に2,3人乗せて歩いているお母さんをよくみました。みなさん子だくさんですね」。そんな話をきっかけに、商社マンというこの男性からこんな話を聞いた。

 

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幌付き乳母車(デンマーク コペンハーゲン)

 

 

デンマークは「世界一の幸福大国」

 

アメリカの世論研究所ギャラップの調査によれば、日本の幸福度は81位らしい。ところがそのランキングで上位を独占しているのは、北欧の国々でデンマークが1位、フィンランド2位、続いてノルウェー、スウェーデンが続いている。でも北欧の国々は消費税25%と高く、その他の税金と社会保障費を合わせた国民負担率は6~7割近くにもなるという。それに引き換え日本はこの国より平均収入も多く、税率も低いので個人的に使えるお金も多いしモノも豊富にある。でも豊かなはずの日本人が、なぜ幸せを感じられないのだろうか。どうやらそれは、アメリカ的な物質至上主義が幸福感に繋がらなくなったからではないかと思うという。
これら北欧の国々では高負担の代わりに医療費は無料、小学校から大学まで無料で教育を受けることができる。さらに、失業保険も4年間、現役時代の90%が保証される。高い税金を払っていても、医療や教育など必要なときに必要なものを手に入れることができる。このように個人が負担する量がフェアに分配されていることが、高負担でも80%以上の人が満足している理由らしい。
デンマークの人が「世界一幸福の国」だと思っているのには、他にも理由があるという。あるとき会社の会議で「最高の自分を目指してほしい」と言ったとたん、「最高という言葉は、勝者と敗者をつくってしまうので問題ではないかと思う」と反論が出 た。「ベストという言葉は好きじゃない。それはストレスになる。それぞれが自分の能力の中でやればいい。最高にはなりたくない」というのです。日本では、「最高」という言葉は日常的によく使う言葉です。特に学歴社会だと、最高を目指すことが幸せにつながると考える人も多いのではないでしょうか。ところが「デンマーク人は野心的でないから、現状の生活に満足しているという言葉の方が合うかもしれない」と、デンマークの友人が彼にそう話したようだ。
高負担を受け入れる。むやみに競争しない。能力以上に頑張らない。われわれ日本人からみて、すぐには理解できないこのようなデンマーク人の行動に、この日本人商社員は不思議に思っていたらしい。なぜそのような考えを持つようになったのか、ようやくデンマーク人の友人が教えてくれたという。

 

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街行く人(フィンランド ヘルシンキ)

 

 

The Jante Lawの教え

 

「Jante Law(ジャンテロウ)があるからだよ。北欧の人、特にデンマーク人は小さい時から読み聞かされ、誰もが一つや二つは覚えているよ」。そう言って教えてくれたジャンテロウとは、1933年にデンマークのライターのアクセル・サンダモセ氏が考えたコンセプトのようだ。

 

1.You’re not to think you are anything special.
(自分を特別であると思うな)
2.You’re not to think you are as good as us.
(自分が相手と同じくらい価値あると思うな)
3.You’re not to think you are smarter than us.
(自分が相手よりも頭がよいと思うな)
4.You’re not to convince yourself that you are better than us.
(自分が相手よりも優れていると思い上がるな)
5.You’re not to think you know more than us.
(自分が相手よりも多くを知っていると思うな)
6.You’re not to think you are more important than us.
(自分が相手よりも重要であると思うな)
7.You’re not to think you are good at anything.
(自分は何かが得意であると思うな)
8.You’re not to laugh at us.
(相手を笑うな)
9.You’re not to think anyone cares about you.
(相手の誰かが自分を気にかけていると思うな)
10.You’re not to think you can teach us anything.
(相手に何かを教えることができると思うな)
11. Don’t think that there is something we don’t know about you.
(私たちがお前について知らないことがあると思うな)

 

どの文脈からも、全員が平等の人権意識に満ちている。「勝てば官軍」の日本人の意識とは、大きく違う価値観がそこにある。どんな人も平等であるから、“特別な意識”をもってはいけないと戒めているようだ。こうした概念や価値感が、国民全体に行き届き、貧富の格差が少ない、高負担・高福祉の社会が可能になったのだろう。「いつの頃からか、金銭感覚でしか価値をはかれないようになってしまった日本人の単純さとは大違いですね」と、商社マンは笑っていた。

 

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野外結婚パーティー(スウェーデン ストックホルム)

 

北欧4ヵ国を歩いてきて思うことは、自然条件に恵まれない極北の地で暮らす人たちは、世界一「足るを知る」を実践している民なのかもしれない。老子のいう「現状に満足すれば精神的に豊かになれる」という教え。日本も昔はその精神性をもっていたと思うのですが、いつの間にか激しい競争社会になり、「足るを知る」なんて言葉自体、今や死語になってしまったように感じられる。街にモノがあふれて、いっけん豊かに見える社会に息苦しさを覚えている私たち。幸せ感を取り戻すためにも、「現状に満足することを知っている者は、たとえ貧しくとも精神的には豊かで幸福である」ということを、自覚できるようにしたい。優しい眼差しで接してくれた北欧の旅で出会った人たちの顔を思い浮かべながら、自分にそのように言い聞かせている。
明日からドイツを目指します。どのような出会いがあるか胸が高鳴ります。