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おじさんパッカー 北欧編(22)

16.06.21

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船上から眺めるストックホルムの街

 

ストックホルムに来たぞ

 

最上階のデッキからあちらこちらに点在する島影を眺めていると、にわかに人々の動きが激しくなってきた。どうやらストックホルム港到着が間近なようだ。ロビーは足の踏み場もないくらいに、客室からあふれ出た人たちで埋まっている。いよいよ下船が始まるようだ。時計の針を1時間進め、スウェーデン時間に合わせる。
19時10分、ストックホルム港(シリヤライン専用ヴァータハムネン埠頭)に接岸した。桟橋にノルウェー、フィンランド、デンマーク、そしてスウェーデンと北欧4カ国の国旗が強い風にはためいている。色はそれぞれ違うが、いずれも横十字のデザインは変わらない。

人ごみに押し出されるように港を出る。ストックホルム市街の中心は港から直線距離で4キロほど西になるが、すでにストックホルム中央駅方面のバスは発車していた。入国ゲートが見つからずもたもたしていて、乗り遅れてしまったようだ。タクシーが客待ちしていたので声をかける。運転手はインド系の小柄な中年男性だった。「中央駅まで」と告げて後部座席に身を沈めた。程なく石造りの古びた街並みが広がり出した。「市内観光はどうですか」と、運転手が声をかけてきたが、まずは宿舎へと思っていたので即座に断る。ところが5分も経たないのに、「郊外にいくつかの世界遺産がある。せっかくだから、ぜひあなたに観て欲しい  のだ」と誘ってくる。またしばらくすると「古い街並みが残るガムラスタンなんかどうかね」とくる。いまこの国に降り立ったばかりで西も東もわからない。どこに連れて行かれるのかと、不安な気持ちでこの商売熱心な運転手の背中を見つめる。

 

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帆船のユースホステル

 

その時、帆船のマストが目に飛び込んだ。今夜の宿舎、チャップマンYHだ。「ここでいい! 車を止めて!」と、運転席に乗り出すように叫ぶと小柄な運転手は、「えっ?」という顔で振り向いた。「中央駅はこの先ですよ」。「いいから止めて。ここで降りる」と、語気強く迫ると、彼はすぐさまブレーキをかけた。よくある話で、何も知らないお上りさんを連れまわして、法外なタクシー料金を請求するという話。ストックホルムの街を走り回ってひと儲けしてやろうと…。ここスウェーデンでもそのような運転手がいるのじゃないかと、そんな警戒心が市内観光を勧められるたびに、頭をもたげてきていた。
強い口調で「ストップ」と命令を発したものだから、運転手は一瞬ひるんだようで、すぐさま車を停車させ後部座席のドアを開けた。カードで支払いを済ませると「サンキュー。いい旅を!」と、満面に笑みをたたえ、明るい声が返ってきた。運転手の知らないところで勝手に「もしや雲助タクシーじゃないか」と、そんなことを考えていた自分が恥ずかしくなった。

500メートルほど先の3本マストに向かって歩き出す。チャップマンと呼ばれるシェップスホルメン島の桟橋につながれた帆船のユースホステルだ。1888年に海軍の練習船として建造されたものが現在、ユースホステルに再利用されているという。船内をくまなく歩くが、フロントらしきものはない。「受付は?」と、すれ違いざまに宿泊客に聞くと「外!」だという。船を降り、受付があるというシェップスホルメンYHに入る。ここは元兵舎を宿泊施設に改造したもので、玄関を入ると30畳ほどの広さに何人かの係員がいた。「今夜よろしく」と告げる。「名前は?」と、40半ばの女性職員がディスプレーで確認し、カードキーを手渡してくれた。部屋代は一泊150SEK(スウェーデンクローネ レートは14.17円)、2000円そこそこと格安だ。あてがわれた部屋は期待した帆船ではなく旧兵舎で、迷路のような長い通路の先あった。
部屋は山かげで、窓からの射し込む明かりもなく薄暗い。じっと目をこらすと二段ベッドが2つ。ひとつのベッドに大きなリュックが置かれていた。すでに先客があるようだ。しばらくすると「ドイツからです」と、髭づらのいかつい男性が顔を出した。30前後、やや猫背で右足を引きずり、杖を使っていた。「日本からですか。遠いところからようこそ」と、笑顔でねぎらってくれた。
午後9時過ぎ、夕食をと部屋を出る。受付ロビーの隣がレストランになっている。板張りの床、木製の椅子とテーブル。山小屋を思い出す、素朴な店構えだ。30半ばの男性がカウンターから私を見て、メニューらしき紙切れを差し出し「注文は」と、目配せした。スウェーデン語で書かれた料理なんてチンプンカンプンだ。「シェフスペシャル」と、誰かが言ったので私もそれを真似た。ようはお任せだ。一流レストランなら目が飛び出るほど取られるかもと、けっしてこんな注文の仕方はできないが、この店構えとジーパンに古びたTシャツ姿の若いシェフなら大丈夫と腹をくくった。肉5切れほどと玉ねぎやジャガイモなどがごった煮されたものが、大皿に盛られて出てきた。当然のことながら日本では見たことない料理だ。湯気がほのかに立ち昇り甘い香りが鼻先に広がる。大ジョッキを傾ける。ビールのほろ苦さが心地よい。窓の向こうにストックホルムの街が一望できる。いくつもの入り江に は、ヨットやクルーズ船、観光船が白い船体を横たえていた。30分ほどで食事を終え、カードで支払う。2000円ほどだった。

 

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入り江から突き出た巨大な手

 

外に出る。 午後10時前だというのにまだまだ陽射しが伸び、明るい。島の先まで足を伸ばす。といっても周囲2キロもない小さな島。10分も歩けば岬だ。なだらかな斜面に芝生が敷きつめられていて、さながら公園ようだ。鴨かアヒルか…、大きな水鳥が草を食んでいた。近づいても逃げようとしない。追いかけまわす人もいないのだろうか、目と鼻の先まで近づいてもまったく警戒する様子はない。まるで飼い慣らされた犬のようだ。

 

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人懐こい水鳥

 

ふと脇を見ると、中年のおじさんが釣り糸を垂れている。思わず「釣れましたか」と、おじさんに声をかけた。釣竿を持ったまま、おじさんは大きく首を左右に振った。「仕事帰りにいつもここで釣りをするんだ」というようなことを言った。「君がくる前だったよ。手前まで手繰り寄せたけど逃げられた」と、左右の人さし指を広げた。30センチはある。「そんな大物?」と、驚くと「いやもっと大きかったなあ」と指先は50センチほどにも伸びた。「逃した魚は大きいと言うからね」と、日本語で口ごもりながら立ち去ろうとすると、太公望のおじさんはまだ両手を広げて笑っている。よく見るとあちこちで釣り糸をたらしている人たちがいる。竿の先に点々と浮かぶ島々や、行き交う船を眺めながら仕事の疲れを癒しているのだろうか。

ここでストックホルムの紹介を。いうまでもなく、スウェーデンの首都で人口約75万人。14の島々が数珠のように橋でつながれ一つの街をつくっているようだ。「北欧の真珠」とか「北欧のヴェネツィア」とか呼ばれているという。13世紀の中ごろ、スタッツホルメン島に砦として築かれたのが町の最初であるらしい。戦闘に備えて島を囲むように丸太の杭がめぐらされたために、「丸太の小島」と呼ばれ、スウェーデン語でストックホルムといわれるようになったという。スタッツホルメン島は、「ガムラ・スタン(旧市街)」といわれ、今でも昔ながらの中世の建物が並んでいる。