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おじさんパッカー 北欧編(17)

16.06.21

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ノキア(NOKIA)

 

ヘルシンキへの車中で

 

午前7時半、目が覚める。腹痛を心配した生ソーセージはどうやら無事、お腹におさまったようだ。

洗顔後、おかみさんの用意した手料理で朝食をすませ、9時前、宿舎をあとにする。なだらかな坂道を下ったところにロヴァニエミ駅がある。ヘルシンキ行きの電車まで30分ほどあり、しばらく待合室のベンチに腰を下ろし、ホームに向かう人たちの様子をぼんやりと眺める。

せわしく駆け込む人、お喋りに熱心なオバサンたち、叱りながら子どもの手を引きホームに駆け込む母親、新聞を手に小走りに通過する若いサラリーマン、高校生くらいの女の子たちが肩を突っつきあい笑顔でふざけ合っているなどなど、日本のどこででも目にする光景は、北極圏のこの町でも変わらない。

ホームに出てヘルシンキ行きの電車を待っていると、シェパードを連れたおじさんが英語で話しかけてきた。

「見かけない顔だけど、どこから来たの?」

日本からだと言うと、「日本ねえ…」とつぶやきながら犬を近づけてきた。思わず後ずさりする私を見て「大丈夫だから」と笑っている。「この犬、電車に乗せるのですか?」と思わずおじさんの顔を見ると、「あんたの国では乗せちゃいけないのかい」と切り返してきた。

おじさんの話だと、隣国スウェーデンはもちろん、ヨーロッパの国々では地下鉄や電車の犬の持ち込みを認めているという。運賃は、小型犬は無料でシェパードのような大型犬は 2 等料金の半額だそうだ。金を払っているから、座席に座らせることもできるという。「これまではどの車両でもよかったが、近頃では犬嫌いの乗客のことも配慮して、犬の持ち込み専用車両しか乗車できないんだ。けしからん話だ」。犬好きのおじさんは、唇を突き出し不機嫌な顔になった。

 

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愛犬と電車を待つおじさん(ロヴァニエミ駅)

 

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この車両、犬の乗車禁止(ロヴァニエミ駅) 

 

9時30分。定刻ピッタリ、何のコールもなく静かに列車は動き出した。

予定は午後8時ヘルシンキ着、10時間半の旅だ。

車窓から見る景色はノールカップからのバスで眺めた風景と同じで単調そのもの。何時間たっても線路の両脇に針葉樹の森が延々と伸び、起伏の乏しいのっぺらぼうな大地がどこまでも広がっている。時折止まる駅は線路に雑草が生え、スレート屋根の駅舎らしきものが寒風にさらされながらぽつんと建っている。原野の駅はほとんどが無人駅のようで駅員の姿もない。乗客たちは線路脇から突然顔を出し、そのままステップに足をかけて乗り込んでくる。

 

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車 窓(ラップランド地方 フィンランド)

 

この長時間の列車の旅で見かけたことを。

 

垂れ流しトイレ

 

乗車して1時間半が過ぎた頃、トイレに立つ。用をすませレバーを引くと、トイレの底が開いた。一瞬にして排泄物が消え、冷たい風が吹きあがってきた。驚いたことに、線路の枕木がまるで梯子のように見えるじゃない。まさか垂れ流し…。人の住まない原野だからなの?野生のトナカイやクマが食べてくれるから?違うでしょう。ヘルシンキ到着までに大きな町をいくつも通過しているが、垂れ流しのトイレはそのまま使われていた。

そういえば何十年も前、垂れ流しトイレを経験している。もちろん日本の列車で。便器の下に直径20センチばかりの穴があいていて、いきなり線路に落とし込む。風が舞い上がってわが身に振りかからないか案じたものだ。冬場、お尻の霜焼けも心配した。

不衛生極まりないと、1968年(昭和43年)に通達が出され、車両には汚物を貯留して基地に戻ってから処理をする方式が採用されるようになった。当然のことながら、今では日本の全線で垂れ流しの車両は1台もなく,汚物は全て循環式タンクに貯留され車両基地で処理されるか、あるいは下水放流で対処されている。

日本では40年近く前になくしたのに、ここフィンランドではいまだに垂れ流しトイレの列車が走っているなんてね。

 

携帯電話騒音

 

斜め前方に、中学生くらいの女の子がいた。どうやら一人旅らしい。「見知らぬ顔がいるなあ」とばかり、チラチラと私に視線を向ける。しばらくして携帯電話を取り、話し出した。なにやら深刻そうな顔になったり、微笑んだりと…。時折、甲高い声で口論している。友だちからなのだろうか。それも1時間以上も。日本だったら「車内の携帯はご遠慮ください」と、アナウンスされるがこちらはそんなこと関係ないようだ。3列後ろの中年男性なんか、仕事上のトラブルか、私の耳にもはっきり届くくらいの大声で言い合っていた。

空席が目立つ車内も、この電話の声で賑やかだ。日本の折りたたみ形式と違って、手のひらにすっぽり入る10センチほどの単体で、おもちゃのようだ。通話できればいいというシンプルなものだ。日本の携帯は写真や音楽、インターネットといったいろんな機能が組み込まれていて、かえって使いづらいという声を耳にする。

このフィンランドには携帯電話で世界首位のシェアを持つ企業として知られる「ノキア(Nokia)」がある。市場占有率および販売台数の両方で、1998年から首位を維持しているという。(2011年まで首位を維持していたが、その後、スマートフォン戦略および市場戦略の迷走により低落傾向に陥り、2012年韓国のサムスンに次ぐ2位となった)

 

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空席の目立つ車内、でも携帯の声が響きにぎやかだ

 

そんなことを考えながら、ぼんやりと外を眺めている。車内は相変わらず携帯電話の騒音。乗り込んでくる時から携帯を耳にあ
て、そのまま着席し下車するまでずっと話している中年男性がいた。空間を越えて席を同じゅうする感覚だ。こちらでは携帯代が格安なんだろうよ、きっと。でないとこれだけ長時間話せば、日本だったら目が飛び出るほど請求されるだろうからね。

 

若者の一人旅

 

午後5時48分。太陽は45度くらいの位置で雲の切れ目から輝いている。当分沈みそうもない。夏休みとあってかリュックを背負った中学、高校生くらいの若者が次から次と乗り込んでくる。それも団体ではなく一人旅が目立つ。

ひときわ大きなリュックを背負った若者が私の隣の席についた。頬を赤く染めまだ幼顔が残る少年だ。額の汗をぬぐいながら彼は私と視線を合わせた。

「大変な荷物だね」と、私が声をかけると、

「1週間ばかり、森の中を一人で歩くつもりです。食料やテント、寝袋など生活用品が詰まっています」と、笑顔で答えてくれた。

フィンランドに限らず欧州の国々では、大人も子供もトレッキングが盛んだ。とくにこのフィンランドは、森と湖の国と日本でも知られているように、国土の80パーセントが森や湖におおわれていて、人の住まない手つかずの大地が見渡す限り広がってい
る。

若者の話だと、この国では15、6歳になると長い夏休みを利用して、原生林に足を踏み入れ自然と触れ合う生活を誰もが体験するという。森林は、肉体と精神の鍛練には最高の場らしい。

ゲーム漬けの日本の若者たちに聞かせてやりたいよ。

 

午後8時6分、ようやくヘルシンキ駅に到着した。