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おじさんパッカー 北欧編(16)

16.06.21

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見つめる眼差し(ロヴァニエミ フィンランド)

 

ラップランドの街 ロヴァニエミ

 

午前2 時(フィンランド時間午前1時)、深い霧に包まれたノールカップ岬を後にバスがゆっくりと動き出した。つぎの目的地、フィンランドのロヴァニエミには17時40分到着予定だという。

60人はゆうに乗れる大型バスに乗客は若い女性が2名と私のわずか3名。40分ほどで、ホニングスヴォークの町の灯りが点々と眼下に見え隠れし、ほどなくバスは駐車場兼停留所に到着した。

ここで乗客を待つのかと思っていたら、運転手はカバンとビニール袋を提げ、エンジンを切り、ドアに鍵をかけ、我々乗客をバスに残したまま無言で向かいの建物に消えた。車内は非常灯だけでうす暗い。1時間近くたってもバスの運転手は現れない。

どうやらここで一夜を明かし早朝出発らしい。ほかの乗客はすでにシートに身をゆだね眠っている。何も知らない私だけがキョロキョロ不安そうに車内を眺め回していた。

 

明朝5時28分、運転手が乗り込んできた。昨夜の運転手と違って小柄な男性だった。いきなりエンジンをかけ、何の説明もなく当然のようにバスが動き出し た。次の滞在地であるフィンランド北部のロヴァニエミの町まで、約六百キロのバスの旅がスタートした。

北方遊牧民の生活の場となっているラップランド地方のど真ん中を、片側一車線の道路が地平線に向かってまっすぐに伸びている。

車窓から見る景色は単調だ。見渡す限り針葉樹の原生林が大地を被っていて、人家はもちろん人の姿もない。

突然の急ブレーキで前のめりになる。何事かと運転席に駆け寄ると、10頭ほどのトナカイがゆっくりと道路を横切っていた。「このあたりは人の数の数十倍ものトナカイがいるよ」と運転手が笑いながら、もの珍しく覗き込む私の顔に視線を向けた。

 

午後5時50分、ようやくロヴァニエミに到着。午前1時にノールカップを発ち、途中、運転手の仮眠があったが、15時間余りのバスの旅だった。

 

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今夜の宿(ロヴァニエミ フィンランド)

 

尋ね歩いて見つけた今夜の宿は、二階建ての普通の住宅だ。まさに民宿。玄関脇の小窓の上にドイツ、ノルウェー、フィンランドなど十本の小旗が突き立てられていた。わが日本の日の丸は、フランスの三色旗と星条旗の間に挟まれ、風になびいている。

ロヴァニエミは、ヘルシンキから北へ約850キロのラップランド県の中心都市で、北極圏に隣接している人口3万5千人の町だ。町の郊外にサンタクロース村があり、クリスマスには世界中にクリスマスカードを届けてくれることで有名だ。話のタネに行ってみたかったが、19時には閉館すると聞き訪問するのを断念する。

部屋に荷物を置いて町に出る。幅300メートルを超える川が街の中心を貫いていた。川に沿って北の方向に向かう。フキが群生していた。日本だったらすぐにでももぎ取って食卓を飾りそうなのだが、ここでは見向きもされていないようだ。太さ2センチほどで1メールもの大きなものが土手にびっしりと生えている。

河川敷のテニスコートで若者がプレーしていた。赤土の凸凹したコートでお世辞にも立派とはいえない。しばらく足を止める。ボレーなど細かいプレーはミスが多いが、ラケットを思い切り振り回しボールが矢のように飛び交っている。

 

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テニスに興じる若者(ロヴァニエミ フィンランド)

 

500メートルほど先に、斜張橋(つり橋の一種)が見える。鳥の羽根のように斜めにケーブルが延びている。ワイヤーが取り付けられた支柱の頂点は、まるで松明(たいまつ)が取りつけられているかのようにオレンジ色に輝いていた。通称「ろうそく橋」と呼ばれているという。

 

午後8時を回っていた。北極圏は白夜でまだまだ明るい。街の中心部へと方向を変える。途中、母親らしき女性が二人の子どもを自転車で牽引していた。 幌(ほろ)がついた二人乗りのワゴンが自転車の後輪軸に連結されている。サングラスをつけ、ヘルメットをつけた3歳くらいの男の子二人が顔を出した。信号待ちで止まったので、母親に断り写真を撮った。子どもの一人が、カメラ目線で私の方に顔を向けたのですかさずシャッターを切る。

 

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自転車の母子(ロヴァニエミ フィンランド)

 

午後9時前、まだまだ昼間のように明るい。街の中心部に来た。街一番の繁華街らしく百貨店や衣料品店などが広い道路の両側を埋めているが、店は閉じられ道行く人もまばらだ。街の人たちは一日の仕事を終え、自宅で家族の団欒を楽しんでいるのだろうか。

24時間営業のコンビニや深夜までネオン輝く日本の繁華街の情景を思い浮かべながら、この国の人たちの質素で堅実な生活と、至れり尽くせりのサービス精神で忙しく生きる日本の私たちと、どっちが幸せに近いのだろうか。そんなことを北極圏の街に身を置き、考え込んでしまう。

 

店が閉まっているとはいっても、夕食を調達しなければとまた歩きだす。ロヴァニエミ駅前の駐車場の一角に売店があった。雑誌、新聞、日用雑貨などが狭い店内を埋めていた。レジの前に食料品コーナーがあった。まずパン、オレンジジュース、ビールを手にした。栄養をつけなければとソーセージに目をやる。直径5センチほどで、ぶよぶよしている。そのまま調理せず食べてもいいかと店員に声をかけたが、なにせ現地の言葉(ラップランド語?)で返答されたが、よくわからない。きっと相手も私の拙い英語を理解できていないだろう。だけどここでしか買うところがないと、3本購入。

ビニール袋を提げ、この町の住人のような顔をしてすれ違う人たちに会釈しながら、宿舎をめざし小高い丘を登る。

自分の部屋に戻り、空を見る。北極圏の真っただ中、12月になるとこの窓からオーロラが手に取るように眺められることは間違いなさそうだ。まったく太陽が顔を出さない真冬、民宿のおばさんたちは厳寒のこの地でどのように過ごしているのだろうか。いま半袖で客の世話を焼いているが…、想像できない。だけ ど、ここでも人々の暮らしは過去、現在、未来と途切れることなく繋がっているのだから。

 

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民宿のおかみさん(ロヴァニエミ フィンランド)

 

ビールを一気に飲む。どこか薬臭い。ホップも苦味もすっきりしない。が、渇いた喉には何でも美味しい。さて、生で食べていいものかどうか、心配したソーセージを口にする。ブヨブヨしていて歯ごたえがない。味もない。羊なのか、牛なのか、豚なのか、サッパリわからない。それでも空腹には我慢できず、ビールと一緒に流し込む。もし腹痛にでもなったらとの心配は、酔いも回りどこかに飛んでしまっていた。3本とも腹に収める。

午後10時半過ぎ、ベッドにつく。まだまだ外は明るい。カーテンを閉めても明るくてしばらく眠られず。うとうとする間にバスの窓からずっと眺めていた森と湖が交互に顔を出し、道の両側には針葉樹が際限なく続き、起伏のない単調な景色が脳裏に広がる。15時間ものバスの長旅がまぶたを巡っていた。そしてほどなく、無意識の世界に落ち込んだ。