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おじさんパッカー 北欧編(8)

16.06.21

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ここにも日本が(オスロ)

 

ースホステルに宿泊していると、サービスが行き届いたホテルや旅館では経験できない、
思わぬ出来事に出くわすことがある。 今回は、そんなことを…。

 

ロシアから来たという若者

 

6時過ぎ、目が覚める。顔を上げると目の前に金髪の青年が私を睨みつけている。何事かと身構えた。「昨夜用意しておいたシーツを使ったろう」と、鋭いまなざしで迫ってきた。「何のことだ!」と負けずに返す。「あんたが使っているのは私が用意したものだ。勝手に使うな」と、彼のボルティージはますます上がる。声も大きくなる。

「君は昨夜からだろう。私はその前からここに泊まっているんだ。シーツはその時から使っている。君のシーツをわざわざ使う理由がないじゃないか」

「いや違う、それは私が用意したものだ」と引かない。

彼とは親子ほど歳が違う。こんなことで言い合っても大人気ないと、シーツ置き場から新品のシーツをもらってきてやった

「ありがとう」。彼は急にしおらしく頭を下げた。そして「ロシアから来た。初めての北欧の旅だから存分に楽しむつもりだ」と、にこやかな表情で話しだした。

「30分前はなんだったのだ。あの剣幕は」。そう言うと、「なめられるなよ。騙されるなよ。周りの人間に警戒せよと、国を離れる時、親や友人に言われて出て来た」という。「一人旅は気持ちを強く持たないとね」と、自分に言い聞かせるように青年は、私の目を見つめる。

「そんなことではこれから先、疲れるよ。ロシアのどこだか知らないけどさあ。命を取られるようなことがない限り、旅先の人たちと心を開いて仲良くやるんだなあ」。

肩の力が抜けないこのロシアの若者に、偉そうに説教をたれてしまった。それも旅のベテランのように。私も初めて経験する海外の一人旅。見知らぬ土地で内心おどおどしながら不安な気持ちでいる。その点はこの若者とさほど変わらない。彼との違いはこれまでの人生経験だけだ。

目の前で話すロシア人の若者は、ピカピカの白い肌、幼さが残るふくよかな顔立ちをしている。この旅で何かをつかみ、これから先の人生の糧にしてほしいと思う。

私が日本人だと知ると、「日本は遠い国だね。体に気をつけてね」と、ようやくロシア青年から笑顔がこぼれる。

私の気持ちが少しは通じたかもね。

 

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この日に訪れた国立劇場(オスロ)

高齢の日本人バックパッカー

 

朝からオスロの街をあちこち歩き回りすっかり疲れた。重い足を引きずるように午後6時半、ようやくユースホステルにたどり着く。

玄関先で私を見つけた宿舎の女性職員が、「日本人が他の宿泊客とトラブって困っている。いくら言っても分かってくれないので話してやってほしい」と、慌てた様子で声をかけてきた。日本人とあれば断りきれないとの心意気で「いいですよ]と彼女の申し出を受けた。

どうせ身勝手な若者だろうとロビーのソファーに腰を下ろした。間もなく彼女に促されて、ふてくされた顔の男性がやって来た。近くで見ると70近い老人だった。こんなお年寄りが、現地の人と張り合うなんて…、凄いじゃないか。

いまだ興奮がおさまらないまま、上ずった声で彼は話し始めた。

「炊事場でご飯を炊いていたら、隣のコンロで料理をしていた西洋人のおばさんが『やめなさい!』と、いきなり私の使っているコンロのガス栓を閉めた。頭にきたので『何で止めるんだ』と、大声で言ってやった。おばさんも負けじと甲高い声でわめき散らす。口論になった。おばさんはフロントに行き、女性職員を連れて来た。『ご飯を炊くことは許可をとっているのにどうしてだ』と、職員に迫った。そこでもまた、おばさんと私と口論が始まった。あまりにもおばさんの剣幕が凄いので仲立ちした職員の女性が、私の右手をつかみ部屋の外に連れ出したんだ」。

 

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ユースホステルのロビー(オスロ)

 

私達は玄関先の庭で話し込んだ。彼の怒りは静まりそうにない。「どうしておばさんが怒りだしたの?」と彼の目を見る。

「おばさんは、ご飯が炊き上がるときに立ち上る蒸気の匂いが耐えられず、『毒ガスをまき散らすな』というのだ」と、彼は唇を震わせた。日本人だったらむしろ食欲をそそる心地よいものなんだが、西洋人にはそれはまさに悪臭どころか毒ガスになるらしい。

「民族それぞれ違いがあるんだから。郷に入っては郷に従えじゃないの」と諭すが、「そんなの西洋人のエゴだ」と彼は語気を荒げる。

彼は昭和13年生まれ。大阪からやってきたという。ベルゲンからここオスロに来た。この後、スウェーデン、フィンランドを経て帰国するという。旅先の宿泊所に米と味噌、醤油を前もって送っておき、各地で自炊しているようだ。旅慣れているとはいえ高齢者の行動ではない。実行力といい、日本人魂といい、見知らぬ国でも物おじしない彼の心意気に脱帽する。

私もこれから北極圏の先の先、ヨーロッパ大陸の最北端まで、鉄道と船とバスを乗り継いで行くつもりだ。目的は24時間太陽の沈まない白夜を体感するためだ、と熱っぽく語る。

 

時計に目をやると、午後八時半を回っている。眼下には緑の斜面がどこまでも広がり、遠くに夕日に輝く海が茜色に染まっている。そんな光景を二人で眺めているうちに、大阪の御仁の怒りはすっかり冷めていた。時折、笑い声が出るにこやかな表情に変っている。

「そうだ忘れていた。炊きかけのご飯をそのままにしてきたんだ。今夜はしんだらけの飯で我慢するか」。彼のこの一言で私達の話し合いはお開きになった。

彼が席を離れた後、女性職員が「どうでした?」と、脇に来たので、にっこり笑って右手の親指を突き出した。彼女も安堵したのか、笑顔で跳ねるように館内に消えた。

10日後、その老人とスウェーデンのストックホルムで再会したのには驚いた。