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おじさんパッカー 北欧編(7)

16.06.21

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オスロ市役所(オスロ)

ノーベル平和賞

 

オスロ中央駅前からつぎつぎと路面電車が飛び出してゆく。北欧の重く垂れこめた鉛色の空を吹き飛ばすかのように、大きなガラス窓、車両にはキャンパスのように鮮やかな色彩がほどこされている。

信号が変わるのを待っていると、「何をもたもたしているんだ」と言わんばかりに、背後から私の背中を押しのけてつぎつぎと電車道を横切って行く。「赤ですよ」と思わず日本語で口走ったが、「何を言っているの!」といった顔で、まるで軍隊の行列のように整然と進む。

ここでは信号機などないも同然。「赤信号、皆で渡れば怖くない」と、私も足を踏み出す。「車が来なければいいんだよ。その方が効率的だね」と、渡りきったところでおじさんが笑顔で迎えてくれた。駅前のターミナルに限らず、信号無視は街のあちこちで目にする。こちらでは車の合間をぬって横断するのが常識らしい。

雌ライオンの像があるオスロ中央駅西口を後にし、ノーベル平和賞の授与式が行われることで有名なオスロ市役所を目指す。

海岸線に沿ってひたすら歩く。駅前の雑踏が嘘のように人影が消えた。洗車している中年男性がいたので、「市役所へはどう行けばよろしいでしょうか」と声をかけた。彼はしばらく空を見上げたまま、「よく知らないが、この道をまっすぐ行ってみては」と、左手を大きく伸ばした。

 

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カラフルな路面電車(オスロ)

 

古びた石造りの建物の間を縫うように道は曲がりくねっていた。ロータリーに出た。円形の広場に沿って建物が周りを囲んでいる。歩道にはみ出すようにパラソルや折りたたみ椅子が広がっている。そのオープンカフェに中年の女性客5,6人のグループが、額をつき合わせるよう
に話し込んでいた。冷たい風がパラソルの裾を揺らし、道行く人もまばらでボーイが手持ちぶさたに立っている。

 

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オープンカフェ(オスロ)

 

小豆色のツインビルが目に飛び込んで来た。目指す市庁舎だ。正面に立つ。玄関広場がまっすぐ海に伸びている。海と庁舎が折り重なった風景にしばらく身をおく。ヨットが浮かび、フェリーが行き交っている。抜けるような青空、明るい日差しが照り注ぎ、
開放感が一気に広がる。海からの冷たい風に思わず身震い。持参した厚手のジャンパーを着込む。

 

気後れすることないのに、恐る恐る市庁舎の正門から足を踏み入れる。誰にとがめられることなく、どんどん侵入。天井が高い。ドアも高い。見上げてばかりいて首がおかしくなる。彫刻を施したひときわ大きいドアを押した。湿った風が頬をなでる。吹き抜けの大広間。周囲の壁面に物凄い大きな壁画。ヨーロッパ最大といわれる巨大な油絵は1階から2階の天井にまで伸びている。これらの絵は第二次世界大戦時、ドイツ軍の占領下での市民の苦しみを描いたもので、当時の国民感情が表現されているという。

しばらく立ち止まっていると、観光客の一団が現れた。壁画で囲まれたこの広いホールは、毎年12月10日にはノーベル平和賞の授与式会場になる。ガイドのそんな話を耳にし、改めて体育館のような広い空間に目をやる。

 

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ノーベル平和賞授与式会場(オスロ)

 

ノーベル賞はノーベルの祖国スウェーデンのストックホルムで選考や授賞式が行われるのに、なぜ平和賞だけノルウェーのオスロでやるのだろうか。

19世紀から20世紀初頭にかけ、ノルウェーは隣国、デンマークやスウェーデンに占領され、ようやく独立したという苦難の歴史を持つ。平和を渇望するノルウェーが平和賞選考に一番適していると判断されたのだろうといわれているようだ。

そんな手元の資料に目を落としながら、授与式の会場を出る。

 

小用をと庁舎のトイレに駆け込んだ。勢い込んでファスナーを下げ、いざ放水というとき、はるか上に便器がある。このままでは下のタイルにぶつかり跳ね返りをもろにわが身に浴びることになる。突き出したものの途方にくれた。といって個室にいまさら移るわけにも行かず…。精一杯爪先立ちをする。バレーの踊り子が足先で立つように。ようやく受け皿ギリギリまで届いたが、静止できない。左手を壁にあてがいようやくにして用を足すことができた。幸い、私一人だけだったので恥をかくこともなかったが、それにしてもなんて高いところにあるのだ。子どもはどうするのだ。便器を恨めしそうにながめた。理由は簡単。こちらの人は足が長く、背も高い。日本人とはサイズが違うのだ。それだけのことだ。それにしても、小用でこれだけ緊張し、体力を使ったことはかつてなかった。

 

庁舎の外に出た。冷たい小雨が降っていた。つい先ほどまで青空が広がっていたのに…。北欧では夏のこの時期、一日に四季があるという。晴れたときは春と夏。曇ると秋、冷たい雨だと冬だという。天候が時間を追って目まぐるしく変わる。道行く人たちの服装を見ても、半袖、長袖、コートを羽織っている人などとまちまちだ。

突然の雨で、思わず建物の壁に身を寄せた。ところが、こちらの人たちは堂々と雨の中を傘もささずに歩いている。宿舎に戻って、そのことをたずねると「傘なんか持たないよ。すぐに上がるから」と笑っていた。