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おじさんパッカー 北欧編(5)

16.06.21

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宿舎は丘の上にあった(オスロ)

イタリア君

 

オスロ中央駅から15分ほどして、「ここだよ」と運転手に促されてバスを降りた。目の前に高速道路が壁のように立ちふさがっていた。
高架下のトンネルから出てきた高校生位の女性に、ユースホステルの名前を示した。この通路を抜けて右側に斜面がある。その頂上に見えるから…と、笑顔をまじえて話してくれた。いつの間にか空一面、青空が広がっている。

宿舎は丘の上にあった。

リフトこそないがスキー場のゲレンデのように、緑に覆われた斜面が空に向かって延びていた。その坂の先にめざす建物が白く光っている。丘の頂と立ち昇る雲、真っ青な空が稜線でつながっている。斜面右のわき道を一歩一歩踏みしめながら、白いしょうしゃな建物を目指した。

ブルーの三角形にデザインされたユースホステルのマークを見つけ、前面ガラスのドアを開ける。まっすぐに伸びた玄関通路の先に、細身の50過ぎの女性がいた。トラック種目で5回の世界記録と、マラソンでも世界最高記録を樹立したノルウェーのイングリッド・クリスチャンセン選手によく似ていた。

「こんにちわ」と、私の顔を見るなり日本語の挨拶がきた。そして、「安音」とかたわらのメモ用紙に書き、自分の名前ですと会釈した。
「どうして日本名をもお持ちなの?」と思わず彼女の目を見る。「昔ね、日本人の彼氏がいてね…、それから先は内緒」と、ニンマリと表情を和らげ、用紙とボールペンをテーブルに置いた。

宿泊手続きを終え、シーツと枕を渡され別棟の宿泊棟に移動する。八畳ほどの広さで二段ベッドが3つと部屋の中央にテーブルと椅子が置かれていた。すでに3人が宿泊しているようだ。入り口左手の上段が私のねぐらになった。ユースホステルに泊まるのは生まれて初めてのことで、不安と興味が入り乱れる複雑な感情が頭をもたげる。

 

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玄関前 筆者

 

シャワーを浴び、戻ってくると下段の男性がいきなり英語で話しかけてきた。「3日前、イタリアから来た大学生だ。名前はフェルディナンド バルボリーニ よろしくね」と、舌を噛みそうな名前を口にし、右手を差し出してきた。大きくて部厚い掌に私の手は指ごとすっぽり包み込まれる。イタリア語で書かれた彼の名刺に目をやっていると、「IT関係の会社をやっているんだ。日本でも商売したいね」と、堰を切ったように話し出した。

早口でしかもイタリア語が入ってくる。言っていることの半分以上わからない。日本からの長旅、疲れていて横になろうと思っていても私のことなんてお構いなし。大声で笑いながらこれまでの旅の話をしている。初対面であろうと外国人であろうと無頓着。「陽気なイタリア人」をまさに地でいっている。

「そうだ、案内してあげるよ」と、荷物の整理をしている私の手をとり歩き出した。「ここが食堂だ。明日の朝はここで食事さ。バイキング方式でけっこういけるよ」とか、「シーツはここから持ってくるんだ。返すときもここだよ」。などなど、1時間弱、施設のあちこちを連れまわされた。「この人、日本から来たんだ。私の友人さあ」と、通路で会った顔見知りの宿泊客に私を紹介してくれる。「あっちが女性棟。かわい娘(こ)ちゃんがいっぱいいるぜ」と、にやりと鼻の下を伸ばす。

部屋に戻っても、「明日、オスロの街を案内してあげるよ」などを交えながら、イタリアで待っていてくれる彼女のことなどを大きな声で話し続ける。そんな話、私にはどうでもいい。「日本から着いたばかりで疲れている。明日、ゆっくり聞くから寝かせて頂戴」と、言っているつもりなんだが、聞き取れないのか、聞こえないのか、とぼけているのか、まるで壊れたラジオのように彼の話は止まらない。

言っていることもよくわからないし、これじゃたまらない。早く眠りたい一心で、彼の話に相槌を打つのをやめた。何を言っても一切、返事をしないことに決めた。私が上段ベッド、彼が下。仰向けになった背中から彼の声が響いている。ごめんよ、イタリア君。ここは我慢、我慢で寝たふりをする。

ようやく静かになったかと思うと、突然、物凄い音がした。辺りをうかがうと彼のいびきだった。夜中に何回も大音響で起こされ、すっかり目が覚めてしまった。寝付かれそうにないので、窓の外に目をやる。木立が広がり、木と木の間にベンチや案内板のようなものが、午前1時を回っているというのによく見える。キャッチボールができる程度に明るい。そうだ、「白夜なんだ!」と、疲れも忘れて外の風景に見入る。

明日はイタリア君とオスロの街にくりだす。どうなることやら。