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おじさんパッカー 中欧編(22)

16.06.21

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小便小僧

 

夏真っ盛りとはいえ、ブリュッセルの朝は肌寒い。中央駅に向かうサラリーマンたちが、急ぎ足で私の肩口を追い越してゆく。石畳の小路を抜けグラン・プラスにやってきた。昨夜の喧騒が嘘のように、朝の陽ざしに映し出される石畳の広場は静まり返っている。広場の奥では、昨夜シンガーたちの舞台だった野外ステージの撤去作業が行われていた。解体された鉄骨が空高く伸びたクレーンに吊り上げられ、朝日に染まって茜色に輝いている。ときおり吹くつむじ風に、紙くずが木の葉のように舞い上がる。この広場で市民を酔わせたゆうべの音楽祭は、中世を思わせる古色蒼然とした建造物が醸し出す「過去」と、大群衆が集う「現在」、そしてステージの躍動感あふれるリズムが表現する「未来」が、一堂に会したひと時だったように思う。

 

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絵はいかがですか

 

広場の中央に、何枚かの絵が並べられている。世界遺産「グラン・プラス」を描いたものばかりだ。100号を超える大作もある。絵の中心に50過ぎの男性が折りたたみ椅子に座っていた。口髭をたくわえ、いかにも芸術家ぜんとした風貌だ。「すべて私の作品です。どうですか」と、絵の前に立ち止まっている5,6人の観光客に、低い声で話しかける。この広場でひときわ目立つ市庁舎(現在は市立博物館として使用)は、15世紀に建てられた後期フランス・ゴシック様式で中央の塔の高さは96メートルあるという。その市庁舎が青い空に突き刺さるようにそびえる。おじさんの描いた市庁舎と背後の本物と対比しながら食い入るように視線を寄せる。画家の奥さんと思われる女性が「お国まで郵送しますよ」と、迫ってきた。「わが家の居間に飾ったら、旅のいい想い出になるだろう」と、しばらく絵の前に立ち止まったまま見入っていたが、…黙ってその場を離れた。

狭い石畳の通りを抜けしばらく行くと、2,30人ほどが壁に向かって騒いでいる。人々の視線はL字になった角地の鉄柵の奥に注がれていた。子ども達が乗り出すように柵に体を押しつけている。「小便小僧」だ。腰を突き出した股間から小便(水)が放物線を描く。高さ1メートルほど、ブロンズ製の全裸の小僧が得意げに放尿している。小便小僧の像は世界にあまたとあるそうだが、ここブリュッセルが発祥の地らしい。そのユーモラスな格好に子どもに限らず、見上げる大人たちも男女を問わず笑顔になっている。そばにいた青年に小便小僧を背にシャッターを押してもらった。

 

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小便小僧を一目見ようと

 

小便小僧の誕生には諸説あるようだ。市民の多くが口にするのは、反政府軍がブリュッセルを爆破しようとしかけた爆弾の導火線に小便をかけて消し、町を救った少年がいた。この少年の名はジュリアンといい、小便小僧の愛称の「ジュリアン坊や」はここに由来するといわれている。古くからブリュッセル市民に親しまれている小便小僧の像は、1619年に彫刻家ジェローム・デュケノワにより製作されたもの。ところが1960年代に紛失したため、現在置かれているのは、そのレプリカらしい。このジュリアン坊やは、誕生から400歳近いことになり「ブリュッセルの最長老市民」と、街の人たちから親しまれているという。
シャッターを押してもらったドイツからやって来たという青年が面白いことを言っていた。「あの小便がビールに変わるんだけど、あんた飲めるかい」。いま小便小僧が出しているのは当然ながら水ですが、お祭りやイベントのときにビールを出すことがあるという。このとき、ビールはコップに入れられて観光客や通行人に振舞われる。泡立ちといい、色具合といい本物そっくり。小便小僧から放出されるビールを飲むのは、勇気がいりそうだね。

 

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人魚姫

 

お腹が鳴り出した。朝からあちこち歩き回っていて午後5時になるまで何も食べていないことに気づく。目の前のレストランに入る。店内は普段着の地元の人で混み合っていた。ソーセージ、ポテト、サラダが大皿に盛られ運ばれてきた。ベルギービールも注文。向こうの席から日本語が聞こえた。中年の日本人夫婦らしい。お二人の足元からサンダルがのぞいている。普段着の格好からして旅行者ではなさそう。旦那がいきなり日本の新聞を広げた。一面の見出しに『民主党が大躍進』と選挙の結果を報じている。日本語に惹かれるように食事の手を止め、思わず身を乗り出す。紙面をめくるたびに旦那の肩越しに首を伸ばし、はるばるやって来た日本からの便りでも読むように、紙面に視線を凝らした。食事が運ばれてきて、旦那が新聞紙をテーブルに置いたのを見て、「ちょっと読ませてくれませんか」と、声をかけそうになったがはしたないと我慢する。

 

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マーライオン(ネットより)

 

このブリュッセルの小便小僧は「世界三大がっかり名所」の一つだと誰かが書いていた。海外旅行で「ルンルン気分」で楽しみにして行ったら「なんじゃこりゃ~」となるような観光名所のことらしい。小便小僧のほかには、コペンハーゲンの「人魚姫」、それにシンガポールの「マーライオン」だそうだ。私はこの旅で、図らずも「三大がっかり」の2つを見てきたことになる。言われてみると、小さくてそれほど手をかけていない安物然としているのは事実だ。それでも世界中から見学にやって来るのは、何なんでしょうか。写真やパンフレットに惑わされているのでしょうかね。私はそれほどがっかりしなかったですが。それは事前の知識が少なくて期待感が薄かったせいもありますかね。