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おじさんパッカー 中欧編(21)

16.06.21

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メイブーム祭 グラン・プラス(ネットより)

 

メイブーム祭

 

「いい時に来たね。きょうは『メイブーム』というお祭りの日だ。街中が大変な賑わいだよ」と、ホテルのにいちゃんが声をかけてきた。いきなり、「いいとき来たね」といわれても私には、何の実感もない。「メイブームだよ。知らないの?」と迫られてもどう反応していいものか、ただぽかんと彼の目を見つめていた。
「メイブーム」は毎年8月9日に行われるブリュッセル最古のお祭りで、1308年から続いている歴史あるお祭りだという。メイブームとはサンザシの木(バラ科)のことで、こちらでは別名「喜びの木」とも呼ばれている。広く知られているメイブームのお祭りの起源は、1213年に当時ライバルだったルーベンに勝利し、ブラバント公国の宮廷がルーベンからブリュッセルへ移されたことが始まりだという。8月9日の夕方5時までにこの木を植樹しなければ、ブリュッセルが保持する「喜びの木 メイブーム」を植樹できるという特権がルーベンへ移ってしまい、ブリュッセルの街には災難が降りかかるという言い伝えがあるのだそうだ。この言い伝えを守るため、ブリュッセルの住民は1308年から毎年メイブームを植樹してきたという。それにしても700年以上もの間、欠かさず植樹行事を続けるなんて、欧州人の律儀さには頭が下がるね。

 

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悪い子はいないか?

 

植樹の話はそれほど関心ないが、街に出ることにした。お祭りとあって通りは人で混み合っている。行き交う人たちに身を任せてしばらく歩く。小さな公園を抜けると、なんだか騒がしい。バイオリンを奏でる音やボールを器用に操つる若者。体中真っ白のペンキを塗り付け石膏像に似せたパーフォーマンス。笑顔を振りまくピエロ。そんな大道芸人に群がる人の輪が、あちこちにできている。海藻を全身にまとったような妖怪まがいの女性パフォーマーが、子ども達に狙いをつけて追いかけまわしていた。子ども達は泣きべそをかきながら必死の形相で大人たちの中に潜り込む。秋田のナマハゲのようなものか。「お利口にしないと食べちゃうぞ」とばかり、執拗に子ども達を捕まえようとする。周りの大人たちもただ、ニヤニヤしているだけだ。「この妖怪のような人たちの動きに、何か意味があるのですか」と、隣のおばさんに声をかけると、この人何を言っているのかといった目で見つめられた。このことフランス語でどう言うの…。ひときわ大きな歓声がするので近づくと、すっかり禿げ上がった頭のおじさんが、トナカイの面をつけた妖怪パフォーマーに抱きかかえられ、必死に逃れようともがいているところだった。周りを囲む群集が面白おかしく、なにやらはやし立てていた。

 

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捕まったおじさん

 

相手がなく、一人でゲーム盤をいじっている女の子がいた。しきりにゲームの相手を探している様子だ。「やり方を教えてよ」と身振り手振りを交え女の子の目を見て、日本語で言ってみた。女の子に私の気持ちが通じたのか、ゲームを始めた。ゲーム盤のヘリにボールのようなものをぶつけて、偏平な円筒形のパックを相手のコーナーに放り込むのを競うらしい。私も2,3回やってみたがそのつど中央の壁に跳ね返され、パックはあらぬ方向に飛んで行ってしまった。「おじさん駄目ね!」とでも言っているのか、彼女は声をあげて笑っている。

 

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ゲームを楽しむ

 

夕食をすませ、ホテルに戻りテレビのスイッチを入れると、グラン・プラスでの野外コンサートが生中継されていた。再び広場に出かける。午後10時近い。こんな遅い時間に外出するなんて、昨日までいたオランダでは考えられないことだ。治安のいいこの街ならでわだ。会場は熱気むんむん。ボリューム一杯のリズムに観衆はすっかり酔いしれている。広場を取り囲む石造りの建物から漏れる明かりとステージの照明が吸い込まれるように、暗闇の空に向かって伸びて行く。人、人、人で立錐の余地もない。当然のごとくステージは視野に入らない。大音量だけがエアガンのように胸に突き刺さってくる。世界遺産のど真ん中で野外コンサート、時を忘れるのも無理ない。「オールナイトさ」と、脇の石段にへたり込んだように腰を下ろしていた地元の若者が、グラスを右手にかかげ、大声で声をかけてきた。私も返礼のつもりで、「ハッピー」とかじりかけのリンゴを持ち上げた。若者と気持ちが通じ合った瞬間だった。旅の思い出はやはり人との心のふれ合いだね。今夜は、ぐっすり眠れそうだ。

 

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野外コンサート

 

太陽が沈まない夏時間で知られる高緯度のベルギーとはいえ、夜10時にはすっかり暗くなる。周囲の観客と違ってアルコールが入っていないので体が冷えてきた。旅先で風邪でも引いたらと、広場のお祭り騒ぎを背にホテルに戻る。11時を回っていた。テレビをつけると先ほどまでいたグラン・プラス広場が生中継されている。中年男性歌手がズームアップで浮かび上がる。マイクを握りしめ、ステツプを踏んだり、ジャンプしたりとステージで躍動している。今の今、そこにいたんだと画面に見入る。どうやらステージの主は、日本でいう北島三郎や美空ひばりクラスの国民的シンガーらしい。アップされる彼の顔から察するに50を過ぎている。この馬力、何食べているんだ、と歌とは関係ないところに関心がゆく。ホテルの窓から広場の方向に目をやると、そこだけ空が明るい。まだまだコンサートは続くようだ。テレビ中継も止まらない。これ以上のお付き合いは無理と、午前0時過ぎベッドに潜りこむ。