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おじさんパッカー 英国編(11)

16.06.22

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岩山にそびえるエディンバラ城

 

エディンバラ城

 

「エディンバラに来たなら、なにをさておいてもエディンバラ城に行くべきだよ」と、同室になった黒装束で身を固めたヒッピーまがいの若者の勧めもあって、城に向かうことにする。手元のガイドブックによると、エディンバラ城は旧市街の中心部にそびえるキャッスルロックと呼ばれる岩山の頂に建っている。この城は長年にわたってイングランドとの攻防の舞台となり、幾度となく破壊と再建が繰り返されたらしい。1995年、この城を取り囲む旧市街は、18世紀に開発された新市街とともに世界遺産に登録された。

安宿から10分ほど歩いて城門前の広場に立った。周囲は鉄パイプが組み上げられ、まるでビル工事のように作業員がせわしく動いている。「何の工事なの?」と、隣を行くおばさんに訊くと「エディンバラ国際フェスティバルの準備じゃないの。これを目当てに世界中から大勢の観光客がやって来るのよ。あんたが観に行こうたって今からじゃチケットは手に入らないよ。残念ね。諦めなさい」。もともとフェスティバルのことも知らなかったし、行く気もない。ただ警察官やガードマンの物々しい警戒振りに驚いて声をかけただけなのにね。

 

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城の入り口

 

城門をくぐると岩肌にへばりつくようにテントの案内所があった。30過ぎの女性がにこやかに迎えてくれた。入場料(9.5ポンド約1900円) と日本語対応音声ガイドの使用料(3ポンド約600円)を支払い、石壁に沿って緩やかな坂を登る。道の両側から覆いかぶさるように迫る朽ち果てた建物の陰から、鎧をつけた中世の騎士が今にも飛び出してきそうだ。千年前からの時間をそのまま凍結させたような、不気味で荒涼とした空間が広がっている。

「危ないから乗っちゃダメ」と、子どもを叱る声に思わず振り向くと、母親らしき女性が3歳くらいの男の子の手を引っ張っていた。直径50センチほどの大きな石の球にまたがり、遊園地の木馬のようにゆすっている。黒光りした大砲が崖下に向けられ、まわりに石球が5個ほど置かれていた。どうやら大砲の弾丸らしい。大砲は長い歳月、雨風に削り取られ表面は凸凹している。日本の城郭にもある石垣をよじ登る敵兵に向けられた「石落とし」を思い描きながら、足元に転がる石球に触れていると先ほど母親に叱られた男の子が、石の球をなぜまわす私をじっと見つめている。「おじちゃんだって触っているじゃない。どうしてぼくはダメなの?」、母親と私を交互に見ながら抗議しているようだ。目線があった母親に「余計なことしてすみません」とばかり、ペコリと頭を下げその場を離れた。
しばらく行くと、雨避けの白いシートが巻きつけられた高射砲があった。これは今でも使われているらしい。音声ガイドによると「午後1時を知らせる空砲が毎日発せられる」という。正午の12時でなくなんで1時かというと、一発ですむかららしい。1851年に始めた『時』を告げる空砲で、エディンバラの市民や海上の船も、「ドーン」の音で午後1時を知ることができ、市民の生活にすっかりとけこんでいるようだ。この空砲を発する専属の砲撃手が任命されているというが、午後2時を回り空砲の儀式はすでに終わっていた。

 

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石球で遊ぶ幼児

 

さすがスコットランド一の観光名所とあって、城内のどこも観光客でごった返している。岩山の頂に立ち城の上部からエディンバラの街を見下ろす。城の背後から、4階建ての中層住宅や赤レンガの家並みが海に向かって広がっている。ニュータウンと呼ばれる市域らしい。日本の多くの都市で見られる高層ビルが林立している風景はなく、落ち着いた街の佇まいだ。ニュータウンといっても200年近く前にはできたというから歴史のスパンが日本人の感覚をはるかに超えている。一方、オールドタウンと呼ばれる山がわは、石炭の煙で煤けたのか黒ずんだ壁面の石造りの建物が、軒を接するように小さな岩山の様に固まっていた。

 

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賑わう城内と背後に新市街

 

先ほどまで青空が広がっていたのに、急に雨が降ってきた。それも大粒の雨が。城のあちこちで寛いでいた観光客や家族連れ が、アリが砂糖に群がるように近くの建物に集まりだした。私が飛び込んだのは教会の祈りの場だった。偶然にも城内で最も古い12世紀初期の建築物であるセント・マーガレット教会で、すでに100人ほどが壁際などに集まりタオルで衣服の雨を拭っている。教会内を歩き出す。台所らしき所に入った。煤けた壁や天井、棚に調理道具の一部が見え、土間に備え付けられたかまどがあった。調理に立ち働く当時の女性達の声がこだましているようで、何百年も前からの台所に古の人たちの日々の営みが浮かんでくるようだ。

雨が上がり再び歩き出すと、長い行列が目に留まった。エディンバラ城の中でも一番人気の「クラウン・ルーム(宝物庫)」を目指す人たちらしい。せつかくだから列の後ろにつく。入室すると高い天井からシャンデリアが何本も垂れ下がっていた。建物の奥深いところに、宝石があしらわれた王冠、剣、歴代の君主が携えた杖とされる王笏が鎮座していた。展示の目玉であるこれらの「三種の宝器」は、絶対王政時代の権威の証として今に伝えられている。

 

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三種の宝器(ネットより)

 

王の部屋とか、天井画と壁画に囲まれた部屋とか、人が集まっている所には手当たり次第に顔を出した。これまで見た華やかに彩られた建物とは対照的に、断崖絶壁に突き出した陽ざしの届かない暗い部屋があった。この部屋に捕虜や反逆者を閉じ込め、処刑したという。「何百という命がここで奪われ、生首が並べられていました」と語る音声ガイドのさわやかな女性の声に、「残虐きわまりないんだから、もっと深刻に語ってよ」と、思わず口をつく。

 

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牢獄部屋

 

18時の閉門まで30分足らずだ。「施錠されて城から出られずに一夜を過ごした人だっているんだから」と、おばさんたちが話しているのを耳にする。日本だったら、「まもなく閉門の時間になりますので……」と、アナウンスがあるところだが…。ドーバー城でもそうだったが閉門時間になってもアナウンスはなく、時間がくればなにも告げず施錠するようだ。「不親切だ」と思うのは、日本人くらいだという。こちらの人たちはあくまで自己責任で行動するというのが、当たり前のようだ。とはいってもおばさんたちが言うように、この広い城内、取り残される人もいるだろうよ。血生臭い歴史をもつこれらの建物で一夜を明かすなんて、想像しただけでも背筋が冷たくなる。

閉門の5分前、音声ガイドのヘッドホンを受付に返却し保証金(10ポンド)を返してもらう。城門前の広場では、音響機材を運び込んだり、舞台設定をしたりと間もなく始まる野外コンサートの準備でごった返している。ガードマンに誘導されながら、鉄パイプの脇を通り抜ける。城に通じるメインストリートに、1キロ近い長蛇の列ができていた。野外コンサートを見学する人たちだ。開演まで2時間以上待たされることになるが、寒さ凌ぎに長いコートを羽織り、黙りこくったまま我慢強く皆さん開場を待っている。