トップ> どんぐりsひろば> 旅を語る、旅を想う おじさんパッカー 北欧編(25)

どんぐりsひろば

旅を語る、旅を想う

その他の読み物

おじさんパッカー 北欧編(25)

16.06.21

image26

 

ガムラ・スタン城門

 

ストックホルムの血浴

 

午後4時過ぎ、大きな石の橋を渡ってストックホルム発祥の地であるガムラ・スタンに足を踏み入れた。城門の上に『へのへのもへじ』に似たとぼけた顔が鎮座していた。王冠を載せているので街を造営した当時の王様なんだろうか。それにしてもしまりのない顔だね。「ガムラ」は古い、「スタン」は街という意味で、その名の通りストックホルムの中心地にある最も古い地区で、石造りの街並み、狭い路地や歴史ある教会など、17~18世紀の面影が今でも色濃く残されている。

 

image36

 

セブンイレブン

 

人ごみに押し流されるように歩く。周囲の建物はどれもこれも古色蒼然とした石造りの佇まいだ。突然、人がようやくすれ違うことのできる程度の石畳の狭い小路に入りこんだ。300年も前から手を加えずそのまま使われている生活道路らしい。そんな小路がここかしこにあり、まるで毛細血管のように街に張り巡らされていて、慣れないよそ者が一度足を踏み入れたら、迷路のように出口を探すのに四苦八苦することになるという。ようやく息が詰まるような毛細血管を抜け、車一台が通れるほどの道に出た。セブンイレブンの看板があった。日本で見るコンビニと同じマークだ。店を覗いてみたら観光客でごった返すただのみやげ物屋だった。「いらっしゃいませ。こんにちは」と、洒落た格好で客を迎えてくれる日本のコンビニとは様子が違うようだ。人生に疲れたような生気のない顔をした中年のオジサン店主が、店のドアを押すと無言でジロリと視線を向けてきた。思わず失礼しますと、外に逃げ出したくなるほど無愛想だ。

 

image46

 

小 路

 

また、ひと一人がやっとと思われる小路に迷い込んだ。いちめん茶褐色の石造りの建物に囲まれた袋小路だ。文字なのか絵なのかそれとも単なる線なのか、意味不明の落書きがいたるところに見られる。近くの住民たちは消そうとしないのだろうか。崩れかけた石積みの土台、はげ落ちた壁、壁一面の落書き、これも街の風景なのだろう。迫りくる石の壁に囲まれ、牢屋に閉じ込められたような息苦しさと、不安な気持ちでその袋小路を足早に抜ける。

ほどなく小学校の運動場程度の広場に出た。石畳が敷きつめられ、周囲にベンチが置かれ地元の人だろうか中年の男女が、ぼんやり通りすがりの人たちを眺めている。なかにはあたりかまわずこの群衆の中で抱擁する、若い男女の姿もある。私は一瞬どきりとし、目のやり場に困ったが、地元の人たちには古い建物同様、これも慣れ親しんだ街の風景なんだろうか、そ知らぬ顔で遠くに目をやっている。

 

image54

 

処刑場だった広場

 

「どこから来たのかい?」と、いきなり60過ぎの男性が声をかけてきた。そして「血の匂いがしないか?」と、おじさんは口を薄く広げ光のない眼(まなこ)で私の顔を覗き込んだ。あまりにも唐突な話だけに、どのように返事をしたものかとじっとおじさんの目を見ていると、「あんたが今いるこの広場はかつて処刑場だった。貴族などスウェーデンの有力者などが、首をはねられ、胸を突き刺されるなどして殺害されたんだ」と話し出す。その時、この広場は一面が血の海に染まったという。
おじさんの話に興味があったので、後で調べてみた。1520年11月7日、当時スウェーデンを支配下に置いていたデンマークのクリスチャン二世は反乱の罪を赦すという声明を発し、スウェーデン側の貴族、僧侶、町の有力者たちを晩餐会に招いた。彼等はクリスチャン二世の言葉を信じて投降したものの、全員がストックホルムの王宮に入城すると、大扉は閉じられ、招かれた客は総て捕らえられた。翌日、形ばかりの裁判によって、彼等は死刑の判決を下され、その日の内に次々に処刑されたようだ。その犠牲者の数は、100人を超えていたという。ストックホルムの今いるこの広場は大量の血の海に染まることになった。これが後に「ストックホルムの血浴」として知られる事件のあらましのようだ。

 

image63

 

ノーベル博物館

 

500年前、私がいま立っているこの広場は処刑場だったのだ。踏みしめている石畳は当時のものだろうか。敷石一つ一つにそんな血なまぐさい歴史が滲みこんでいるなんてね。胸を突き刺され、首をはねられうめき苦しむ断末魔の光景を思うと、背筋が寒くなった。広場の隅に数百年を経たと思われる黒ずんだ石造りの水場があった。ここで血塗りの槍や刀を洗ったのだろうか。広場一面に横たわる傷ついた死体。思わず顔を覆いたくなる。そんな凄惨な歴史があったことを知ってか知らずか、ベンチに腰を下ろし日向ぼっこしているオジサン、オバサンたちや談笑する若者や観光客。長い時の流れを経た現在、何事もなかったかのようにのどかな時間が流れている。
広場の正面に2階建ての堅牢な建物が延びている。かつて証券取引所だったが、2001年にノーベル賞百周年を記念してノーベル博物館になったという。歴代受賞者のビデオや写真などを使ってノーベル賞の歴史が年代ごとに詳しく紹介されているらしい。また、受賞者選考の会議もここで開かれるとか。全世界が注目する知の最高峰ノーベル賞はここから発信されているのだ。ひっそりとした佇まいの建物がにわかに大きく感じられる。

 

image16

 

熟睡する女性

 

広場を後にしてノーベル博物館の裏手に出る。いきなり教会の尖塔が迫ってきた。ストックホルム最古の大聖堂とガイド書に記されている。何度も修復工事が行われ、500年前に現在の姿になったという。これまで国王、女王の戴冠式や結婚式が行われた由緒ある教会らしい。この塔は街のどこからでも目にすることができ、市庁舎と並んでストックホルムのランドマークでもある。教会の正門に来た。「閉館」の立て看板がある。「入れないのか」と、彫刻がほどこされた黒光りの門扉を恨めしそうにしばらく見上げる。また明日にでも来るかと視線を左に向けると、金髪で20歳前の女性が玄関脇の古びたレンガの壁に背をゆだね、石畳に足を投げ出して眠っている。黒いジャンパーにジーパン、首に白っぽい分厚いマフラーを巻きつけていた。観光客などが次々と通り過ぎる気配にも全く反応せず、熟睡状態だ。夜行列車でやってきたのだろうか?どこから? 一人で? そんなことをも思いながら彼女の前を通り過ぎる。その後、あちこちの見学を終え、2時間ばかり後で教会前を通ると、彼女はまだ同じ姿勢で眠っていた。すでに午後8時を過ぎている。白夜で明るいとはいえ、若い男どもに襲われでもしたら…と、余計な心配をしながら彼女の前から立ち去った。