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おじさんパッカー 北欧編(24)

16.06.21

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戦争反対?(ストックホルム街中)

 

露店で埋まる広場

 

市庁舎を出て、入り江沿いの道を東に向かって歩きはじめる。法務省、財務省などの政府庁舎がたち並ぶ官庁街を通り抜ける と、大きな樹木で囲まれた広場に出た。地図に「王立公園」と書かれている。敷地は幅200メートル、長さ300メートルほどの長方形をしていて、木立に囲まれたただの広場といった感じだ。「王立公園? 名前の割には貧弱だね。名古屋の鶴舞公園の方がはるかに立派ですよ」と思わず口をつく。公園の中央に100メートルプールのような石畳で囲まれた池があった。プールの中央線に沿って等間隔に置かれた3基の噴水が勢いよく水柱を昇らせている。池の周囲はまるで水泳競技場の観客席のように階段状になっていて、近隣から来ているのだろうか、何組もの若い男女が肩を寄せ合って黙って水面を眺めていた。

 

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王立公園

 

冷たい石畳に腰を下ろしてぼんやり辺りを眺めていると、「この池は冬場になるとスケートリンクになるんだ」と、中年のおじさんが声をかけてきた。「平日の昼過ぎだというのに若い人が目につきますね。仕事してないのですか?」と、おじさんを見る。「いやいや、みんな仕事しているよ。この国に限らず、ノルウェーやフィンランドなど北欧の国々では、国土の北半分は寒くて使い物にならないのさ。人口も少ないので男女を問わずみんなが働かないと国が立ちゆかないんだ。せっせと税金を納めてもらわないとね。私は年金暮らしで、若者に支えてもらっているのさ」と、白い歯を見せた。おじさんの話だと、互いに仕事を分かち合いみんなが限られた時間、万遍なく働くというのがこの国のシステムだという。
「ところであんたどこから来たの?」。「日本です。知ってますか?」「名前は聞いたことあるけど、よく知らないね。ごめん」と、口をつぐんだ。おじさんはどうやら人を待っているようだ。遠くに視線を向けていてどこか落ち着かない。突然、おじさんは立ち上がり、両手を振った。その先に中年女性が右手をあげている。「奥さんとデートですか」。「いや~。この街には楽しいところがいっぱいあるから、せいぜい楽しんでちょうだい。それじゃね」と、浮き浮きした表情で足早に女性の方に向かった。

 

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わが子を見守るイクメンたち(王立公園)

 

池の周りの木立から、子ども達の絶叫が響き渡っている。声のする方向に足を向けると、直径10センチほどのアルミパイプを十字に組み合わせた、高さ10メートルほどのフレームが目に入った。パイプの頂点四隅にゴムが結わえられ、V字形の底に子ども達が座っている。まるでバンジージャンプのように天高く飛び出しては急降下する。そのたびに見守る親の喚声と子どもの甲高い声が重なり合っている。そのブランコの周りに、乳児を乗せた乳母車の若い男性が3、4人いて、なにやら話している。奥さんらしき人はそばにいない。育児パパ達だ。男性の育児休暇なのだろうか、それともワークシェアリングで早く仕事を終えての子守りだろうか。若いお父さん同士が子育てのことで盛り上がっているようだ。日本で見る、公園に集う子ども連れの奥さん達の様子をダブらせながら、子守に精出すストックホルムのイクメンたちをしばらく見ていた。

 

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公衆電話 キャッシュカード使用可

 

公園を離れ、コンサートホールを目指して歩を進める。突然、物売りの大声が響き渡るので、なにごとかと足を向けと目の前に100個以上のテントがひしめき合うように連なっていた。中をのぞくと衣料品、野菜などの食料品、時計、中古の電化製品、  絵画、骨董品などあらゆるものが売られている。店の主はというと、ほぼ全員がアラブ系の顔をしている。中東からの移住者なのだろうか。店の主と視線が合おうものなら、店から飛び出して呼び込みを始める。厄介だから目を合わさぬよう、俯きかげんに足早に通り過ぎる。上野のアメ横で見た、歳末大売出しのけたたましい呼び声と混雑する人ごみを思い出していた。

ひと通り回って、ふと顔をあげると目の前にアテネのパルテノン神殿を思わせる、10本の石柱に囲まれたモスグリーンの建物が壁のように道をふさいでいた。コンサートホールだった。どうやらこのテント市場は、コンサートホールの前庭を埋めている  のだ。由緒あるノーベル賞授与式が行われる会場前が、まるでスラム街の様相を呈していて愕然とする。これではどう見てもノーベル賞受与式の会場にふさわしくない。日本なら露店撤去の声が出てもおかしくないのに。このコンサートホール広場はノーベル賞授与式典の行われる12月10日の夜だけは屋台は撤去され、世界から集まってくる知の巨人たちを見ようと、市民たちの輪がホールを取り囲むという。

 

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露店で埋まるノーベル賞授与式会場

 

コンサートホールを見上げている中年の日本人夫婦らしき観光客がいた。奥さんは花柄のシャツ、旦那はグレーのジャケットを羽織り、胸元にカメラを下げていた。いかにも「日本人旅行者ですよ」といった格好をしている。露店でごった返すTシャツやジーパン姿の買い物客の中で、ひときわ目立つ。観光客目当ての詐欺にあわなければいいが。「どちらからですか?」と私の方から声をかけた。「埼玉です」とだけ言うと、急いでその場を離れようとする。「偶然とはいえ、ストックホルムなんかで出会うなんて…。これも何かの縁ですね」とかなんとか話のきっかけをつくろうとしたが、どうやら私を警戒しているようだ。『日本語で気安く声をかけられたら要注意!』。この中年夫婦は、きっとこの言葉を思い出したのであろうよ。去り行く二人の背中を眼で追いながら、「私にはそんなつもりはない」と言いたかったが…。口惜しい気持ちを抑えて、せわしく行き来する人ごみに身を任せて再び歩き出す。