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おじさんパッカー 英国編(2)
16.06.22

ドーバー城
ドーバー城
明日からイギリスを巡る鉄道の旅が始まる。そんなわけでドーバーの鉄道駅周辺で今夜の宿を探すことにした。黒のスーツをきちんと着こなした初老の紳士と目が合ったので「近くの鉄道駅に行きたいのですが」と、声をかける。「オーケー。ここからバスで行けばよろしい。料金は1ポンド(約200円)だ。私と一緒にどうぞ」と、親切だった。バス停の背後に白いタイルの壁がある。中央に「ドーバー タイム」と表示され、15時2分を指していた。カレーの港を出たのがフランス時間14時15分だったから、1時間もかからずドーバー海峡を渡ったことになる。時差の関係とはいえ、1時間余分に手に入れた勘定だ。日本では経験できない不思議な気分だ。10分ほどでイギリス南端の鉄道駅「ドーバー プライオリー駅」に着く。「それじゃ、いい旅を」と笑顔を向け、初老の紳士は住宅街に消えた。

ドーバー港
駅舎はモルタル造りの簡素な平屋の建物だ。明日から始まるイギリスの旅の起点となるのだと、そんな思いで構内に足を踏み入れる。駅員は3,4人ほど、それも年配者ばかりでどことなくのどかな田舎の駅といった風情が全体を包んでいた。まずは今夜の宿をと切符売り場のおじさんに声をかけると、「この坂を下った所にあるよ」と教えられ、駅前の道を海に向かって歩き出す。5分ほどして歩道脇に「B&B(ベッドと朝食つき)」の看板を見つけた。いたって普通の住宅で、日本でいう民宿だろうか。玄関扉を押すと、50過ぎ、白髪まじりのマスターらしき男性が奥から顔を出した。物腰の低い、柔らかな口調、会釈をまじえ優しく迎えてくれた。「1泊35ポンド(約7000円)」と、何も言わないのにいきなり宿泊料金を告げてきた。ギシギシきしむ階段を上がったところの6畳くらいの部屋に案内される。窓際にベッドが置かれ、壁面に古びた風景画が掛けられていた。「お湯はこのボットで沸かして下さい。コーヒー、紅茶のパックがありますからお好きな時にどうぞ」と、物静かに品よく話す。さすが英国紳士だと、理由もなく感心する。部屋の鍵、玄関の鍵を差し出して、「これで出入りしてください」、そんなことを言った。フロントはなくすべてマスターとの対面折衝だ。「どちらから?」といったような挨拶もない。「お疲れさん」といったお世辞もない。事務的であくまで部屋を貸すだけだという感覚で話す。私もそのほうが気楽でいい。

イギリス南端の駅
まだまだ日は高い。部屋に荷物を置いて街に出る。いきなり左後方から車が迫ってきた。北欧の国々やドイツ、オランダ、ベルギーとこれまで訪れた国々は、人は左、車は右だった。それに習って左側を歩いていたので一瞬、慌てた。ここイギリスは日本同様、車は左を走る。日本に戻ったと思えばいいのだが、それでも少々戸惑う。とくに横断歩道を渡る時、これまでは左からの車を気にかけて歩いていただけに勝手が違ってきた。なだらかな山の頂上から石造りの城が街を見下ろしている。「ドーバー城だ」。街のどこからでも目にすることができる。まずはお城へと歩を進め、すぐさま道行く人に登り口を聞く。「この細い道をどんどん行きなさい」と、両脇を雑木林に挟まれた3メートルくらいのわき道を指さした。言われた通り、急ぎ足で駆け登る。城壁がだんだん大きくなってきた。突然、お城を取り巻く広い道路に出た。振り返るとドーバーの街が一望のもとにある。どうやらこの道は城門に通じているらしい。城壁沿いに行くと上の方から話し声がする。3人の若者が喘ぎ、喘ぎ体を運んでいる私に気づき、「こんにちは」とそのうちの一人が、流暢な日本語で声をかけてきた。「日本の方ですか?」と返すと、「シンガポールからです」と。「日本語、上手ですね」、「ええ、まあ……」。彼らは大学生で夏休みを利用してイギリスに短期留学しているという。「京都や奈良にも出かけたことがあります。五重塔、大仏さん、日本庭園……。マイコさん、キモノ素敵でした」。日本文化に大変興味があると、日本語と英語を交え熱っぽく話す。「18時には閉門になるので、早く入られたほうが……」と。もう16時を過ぎていた。入場料は11.5ポンド(約2300円)とべらぼうに高い。

ドーバー城
城門をくぐり抜け広場に出る。かつて写真やテレビで見た円形の砦。中世の面影が残る石造りの堅固な壁。また、ビルの5階はあろうか長く横たわる石組みの城郭の壮大さとその存在感に圧倒される。視点を移すとなだらかな丘の頂に見張り台が点在している。ドーバー海峡が見渡せる城壁の先に立つ。何門もの大砲が、10メートル間隔で海に向けられていた。欧州大陸、とくにフランスからの攻撃に備えたものらしい。このドーバー城は、古くからフランスなどヨーロッパ大陸からの攻撃に備えた最前線だった。この城が落ちることは、イギリス全土に敵の脅威が広がることになる。ドーバー城は「イギリスの鍵」と呼ばれ、何世紀にもわたってイギリスの防御の最前線であり続けた。海峡に突き出た一角に1世紀頃ローマ時代に建てられたという灯台があった。その脇に「ここは欧州大陸からの攻撃からイギリスを守った」と記された銘鈑が立っていた。城内は一面芝生が敷きつめられていて、何世紀にもわたって戦場になったという緊張感は感じられない。小学生くらいの息子を連れた父親がいた。海を見下ろす大砲の前で、しきりに息子に話しかけている。イギリスを守った戦いの歴史でも語っているのだろうか。
小高い丘の中ほどにトンネルが口をぽっかり開けていた。足を踏み入れると湿った風が肌を包む。壁に取り付けられたぼんやりした灯りが点々と奥に伸びている。このトンネルの先はどうなっているのだろうかと興味本位で歩き始めるが、出口が見えない。どうやらお城の中核まで続いている地下道のようだ。振り返ると誰もいない。たった一人で静まり返った坑道に身を置くのが不安になり、駆け抜けるように地上に出た。そこにもこれまでいた見学者の姿も声もない。周囲を眺めまわしても城内の人影がすっかり消えていた。思わず時計に目をやると18時に近かった。このまま城に閉じ込められでもしたらと、慌てて出口に向かった。

ドーバーの街並み(後方にドーバー城)
城を背に坂道を駆け下り街中に出る。山の上に視線を移すと、今しがたいたドーバー城が夕日に映え、茜色に染まっている。夕食の調達にスーパーに立ち寄る。夕げの買物だろうか、近所の奥さん方が少しでも安くて値打ちのものをと陳列台を見つめている。店内は混み合い、この街で暮らす人たちの生活のにおいがプンプンする。今夜のためにハムやパンを買う。通りに「フィッシュ&チップス」の店が目につく。日本でいうファーストフードなんだろうか、店先に若者が集まっていた。
ビニール袋を提げ、海辺に出た。リゾート地のように洒落た建物が砂浜近くにまで迫っていた。高級マンションのようだ。水際で足を浸すと、夏とはいえ5分もすると背筋まで寒くなってきた。真っ白い砂浜が円弧を描いてどこまでも延びている。さすがに泳いでいる人は見かけないが、沖合いにボートやヨットが浮かんでいる。砂浜に足を投げ出し、夕日に照らされる水面をしばらく見つめていた。贅沢な時間だ。いきなり背後をスケートボードが走り抜けた。地元の子ども達だろうか、互いにふざけあってすぐさま遠くに消えていった。駅前に戻る。20時近かった。それでも外は明るい。公衆電話から、ノッティンガムのAさん宅に電話を入れる。Aさんが出て「スペイン旅行から戻ってきたばかり」と。明日、お邪魔することを伝える。電話とはいえ、懐かしいAさんの関西弁に心が和む。