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おじさんパッカー 北欧編(10)

16.06.21

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北欧4カ国

 

オスロからトロンハイムへ

 

いよいよ目指す欧州大陸最北の地、ノールカップへ向け出発する日がやってきた。現地時間6月23日、午前6時起床。洗顔をすませ、身を刺すような朝の冷気に身震いしながら外に出る。リュックとショルダーバッグ、これがすべての持ち物だ。玄関前のベンチに中身を全部広げた。一畳分ほどのテーブル一杯に小物が散乱している。それらの一つ一つをもう一度、リュックに詰めた。山登りの時のパッキングを思い出す。
メキシカンがやって来た。「いよいよお別れですね」と、名前とメキシコの住所、メールアドレスを記したメモを、出立準備を終えたばかりのリュックの上にそっと乗せた。そして自分で編んだという緑色のミサンガ(組み紐)を差し出し、わたしの右手首に巻きつけてくれた。「お元気で。また連絡くださいね」。そんなメッセージだった。「ありがとう」と短く答え、彼の目を見つめる。

チェックアウトをすませ宿舎を出る。夫婦で旅しているというご両人も顔を出した。いま、自炊で朝食をすませたところだという。柔らかい陽射しを浴びながら写真を撮り、名前、住所を交換する。「体に気をつけてね。またどこかで会いましょう」と、二人の手を交互に握る。奥さんも旦那に劣らず骨太の大きな手だった。その手でテントを張り、調理をし、この先いくつかの見知らぬ国々を渡り歩くのだろう。

どこを目指して、何を求めて果てしなく旅をし続けるのだろうか。メキシカンといい、イタリア君といい、ユースホステルを利用する一人一人には、事前に準備されたツアー客と違い野生動物の荒々しさとたくましさを感じる。芭蕉や山頭火で知るように、「行方知らず、行き先は雲に聞いて頂戴」だ。彼らは単なる旅行者じゃなく、旅人と呼ばれる人たちだろうか。

リュックを背負い、ショルダーバッグを引っ掛けゆっくりと丘を下った。ゲレンデの中央、アップダウンのある芝生の小山を時には駆けるように…。振り返ると、ユースホステルのグレーの壁と黒っぽい屋根が丘の頂にあった。もう二度とこの地を踏むことはなかろう。わずかな滞在だったが、得体のしれないものが胸からこみあげてくる。

 

このホームから北極圏を目指す

 

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(オスロ中央駅)

 

バスでオスロ中央駅に出る。「ボードーまで行きたいのですが」と駅員に声をかけると、昨夜、奥さんと喧嘩でもしたのではと思われるような無愛想な顔を突き出し、低い声で言った。「ボードーは北の最終駅。一本では行けないよ。トロンハイムで夜行列車に乗り換えて次の日の昼過ぎにボードーに着くよ。そこから先は鉄道がないからね。バスか船で北へ向かうんだな」。

どうやら、一昼夜の列車の旅になりそうだ。その場でユーレィパス(欧州周遊乗車券)に日付を入れてもらう。今日から25日間、このパスで欧州一円の列車が乗り放題だ。

 

午後2時57分。定刻どおりトロンハイムに向け列車がゆっくりと動き出した。トロンハイムはオスロから北方に直線距離で500キロほどのところにある。

車内は飴色した木質で被われ、飾り気もなくがらんとしていた。日本では今じゃ目にすることが少ない、木枠の窓だった。一人旅の若者、家族連れ、ビジネスマンらしき人たちが空席を埋めている。長距離の急行列車。時折、停車する程度でどんどん北上する。

 

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車中

 

ハーマル駅を通り過ぎたあたりで、陽射しに照り映える水面が目に飛び込んできた。車窓の向こうに大きな湖が広がっている。針葉樹の丘陵地が続く単調な景色に飽きてきた頃だったので、思わず身を乗りだす。時計は午後4時。太陽は空の中点付近でさんさんと輝いている。1994年に冬季オリンピックが開催されたリレハンメルの町を通り過ぎたあたりから、再び単調な針葉樹の壁が線路の両側を被い始めた。

しばらくしてこれまでの針葉樹林が、ハイマツのような低木の原野に変わった。だいぶ北上したようだ。遠くに白く彩られた山の頂が見える。夏のこの時期、さほど高くもなさそうなのに雪をかぶるとは。耕作地もなければ、人家も見当たらない。時折、砂埃を上げながら砂利道を車が走っている。人の手が加わっていない原野が延々と広がり、見渡す限り荒涼とした世界だ。

車内はいたって静かだ。身も心も疲れ果てたかのように、皆さん押し黙っている。隣の人と会話する声も耳にしない。といって本を読んでいるふうでもないし、眠っている様子もない。ただじっと窓から流れ行く景色を眺めているだけだ。

何気なく時計に目をやると、午後7時38分をさしている。住みなれた日本ならこの時間だとすっかり夜の帳におおわれているのだが。ところが太陽は45度の角度で、空高く輝いていて、強い陽射しが車内を照らしている。禿山と荒れ果てた原野。車窓を流れるうら寂しい光景と静まり返った車内。容赦なく照りつける太陽の明るさにそぐわない景色だ。人も動物も、私の視界に動くものは何もなくなった。静まり返った大地。心の奥底を眺めているようで、なんだか哲学者にでもなったかのように、考え込む自分に気づく。

なにやら物音がするので、トイレに立つ振りをして車内を一巡した。サンドイッチやハンバーグを取り出し、口に運んでいる親子連れがいた。夕食のつもりだろうか。会話することなく黙々とただ口に運んでいる。

家並みが視界に入った。低い建物が道筋に並んでいる。車も多くなった。街に近づいたようだ。長い航海でようやく島を発見した時のような心のときめきだ。思わず窓から顔を突き出す。死んだように静かだった車内が活気づいてきた。

終着駅トロンハイムに午後9時半、定刻どおりに着いた。欧州でも電車の時刻はあいまいだと、どこかで読んだがここノルウェーに限っては、いたって正確だ。

オスロを出て6時間半の列車の旅に一息つけたいと思いきや、終着駅ボードーは、さらにこの先600キロ北になる。

 

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トロンハイム中央駅(午後10時頃)

 

ここトロンハイムは、オスロ、ベルゲンに次いでノルウェー第3の都市だという。人口15万3千人ほど。駅を出る。3階建て、細く伸びたレンガ造りの駅舎。駐車場をかねた駅前広場に銅像があった。誰なんだろうか。台座に銘板があったがノルウェー語の説明ではどうしょうもない。午後10時近いというのに、空は明るい。

駅前に運河のような入り江があった。マストを降ろしたヨットやモーターボードーが夕日に光っている。外洋から戻ってきたばかりの30過ぎの女性がロープを束ね、荷物をキャビンに戻すなど忙しそうにたち働いている。他に目につくものもなく、道路わきからしばらく彼女のしぐさを珍しそうに眺めていた。

 

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外洋から戻ったヨット(トロンハイム)

 

ボードー行きの電車が出るまで、まだ1時間ばかりある。「町の中心は、その橋をまっすぐ行くといいよ」と、ヨットの女性が声をかけてくれたので町に出ることにした。つい先ほどまで雨が降っていたのか、道路はしっとりと湿っている。仕事帰りなのか、観光客なのか男女8人が連れ立って談笑していた。その向こうに虹が弧を描いている。カラフルな服装とくすんだ建物、入り江に寄り添うヨット、林立する真っ白なポールとが織りなす光景。それらすべてが七色に抱かれている。幻想的な感じを受け、しばらくその場にたたずみ、じっと見入っていた。

王宮に面した女王通りには、ショップやみやげ物屋、観光案内所などがあると聞いたが、行くだけで往復40分以上かかるというので、途中で引き返した。いくら明るくても、夜10時を過ぎでは人の行き来は少ない。まるで人影のない、映画のセットでも見るように道路を挟んで家々が並んでいる。交差点にぼんやり立ち、あたりをしばらく見回した。じっとしていると、裏地のあるジャンパーを羽織っていても、冷気が体に突き刺さってくる。

 

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トロンハイム中心街(午後10時頃)

 

急いで駅に戻る。ノルウェー最北の鉄道駅、ボードー行きの改札がすでに始まっていた。真昼のような明るい日差しがホームを包んでいる。9両編成のレンガ色の車両がディーゼル機関車につながれ、次々と乗客が吸い込まれてゆく。中ほどの車両に席をとる。斜め後ろの席で、黒人の母と子が弁当を開いていた。乗客はまばらで、寒々としている。オスロで買い込んだパンとソーセージをカバンから取り出し口にする。

ほどなく、なんのアナウンスもなく列車がボードーに向け動き出した。