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おじさんパッカー 英国編(32)

16.06.22

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大英博物館

 

「泥棒博物館」などと言われているが…。

 

朝食を終え、ロビーで日本から持参したガイドブックを広げていると、「あなた日本から?」と、50前後の女性が声をかけてきた。「日本語が分かるんですか」と、ただすと「日本語は読めないけど、貴方の持っている本が日本語で書かれているということは、なんとなく分かるの」。「大英博物館へ行こうと思っているんですよ」というと、「ぜひそうしなさい。でも全部観ようと欲張らないでね。疲れるだけだから」。そして、「博物館には、世界中から年間670万人近くもの人たちがやって来るのだけど、『泥棒博物館』とか『強盗博物館』などと呼ばれていること知っている?」そういうと、彼女は意地悪そうな目で笑顔をつくった。

ホテルからさほど遠くないというので、目指す博物館まで歩くことにした。途中、3,4人に「大英博物館は?」と訊ねながら30分ほど歩いていると、長い柵が目についた。鉄格子の隙間から中を覗きこむと、パルテノン神殿を思わせる8本の石柱に三角屋根が見える。歩道に止めた自転車の荷台で飲料水を売るおじさんが無表情で立っていたので、「これが大英博物館?」と、声をかけると「そう」と無言でうなずいた。

 

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図書館

 

大英博物館は、住宅だかオフイスだかが混在するそれほど目立たない所にひっそりとある。上野の「国立美術館」や「国立博物館」など、名だたる施設は玄関前に広場があり、施設の周りは木々に囲まれていて建物全体が特別な感じを与えるというのが日本の相場だけに、肩すかしを食った感じがする一方、格式ばらない気安さがあっていい。

丸い石柱の間を抜けると、館内は見学者でごった返している。これだけ立派な施設でも無料開放。世界の文化遺産をイギリス人に限らず、広く世界中の人たちに自由に観てもらおうという、強いメッセージがここでも感じられる。やたら入場料をとる日本も、この精神に見習うべきだと思うね。

入ってすぐに図書館がある。吹き抜けの円筒形の壁に沿って書架があり、閲覧の机や椅子などは底の部分にまとめられている。下から見上げると全部の書架を目にすることができ、一目瞭然で本の位置を確認することができるようになっている。

 

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古代ライオン像

 

ギリシャ時代を思わせる円柱の神殿をくぐると、ガラス張りの天井から淡いミルク色の光が広がる回廊に出る。周りを埋める出土品に囲まれ、紀元前にタイムスリップしたような不思議な感覚に身をおくことになる。円筒形をした白壁の展示室の前で、古代エジプトから掘り出したライオンが出迎えてくれた。一歩足を踏み入れると、紀元前数千年からの古代エジプトの発掘物が所狭しと並べられている。人だかりがあるので近づくと、ガラスケースに収められたロゼッタ・ストーンがあった。博物館の目玉だけあって、さほど大きくもない石版を大勢の見物客が取り囲んでいた。

その後も、館内の案内標識に沿って歩く。棺に横たわるミイラや石像など、古代エジプトを代表するコレクションが隙間なく展示されている。とてつもなく広い館内、展示物も膨大な数だ。とても1日や2日で観ることはできないが…、とにかく案内図を手に駆け足で回る。棺に鮮やかに描かれた上向きに寝そべっている人の姿。その棺の中には、埋葬された死体がミイラ化されていま目の前に横たわっている。ミイラが発掘された当時のまま展示され、何千年もの時間がそこに凝縮されているようだ。

 

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ロゼッタ・ストーン

 

7人くらいの日本人ツアー客がエジプト壁画の前で説明を聞いていた。そのなかにもぐり込んでしばらく日本語の説明を私も聞 く。日本人以外にもツアー客の一団があちこちにあって、英語はもちろん、スペイン語、ポルトガル語、中国語、ハングル、ギリシア語など世界中の言葉が飛び交っていて騒々しい。エジプトからやって来たと思われる人たちもいたが、自分たちの歴史遺産を持ち去られて、ここに展示されていることに複雑な気持ちでいるだろうと…、そんなことを思いながら彼らを見る。

16時、博物館を出る。これでもか、これでもかと次々繰り出される展示物に圧倒された。歴史上貴重なもの、教科書で学んだものなど数限りなくあったろうが、いまはただ疲れたという実感が体を埋めている。系統立てて見たわけじゃないので、何が何だかサッパリわからない。一週間通い詰めても全部見られるかどうかと、近くの見学者のささやきが聞こえる。わずか5時間ほどの滞在では、見た、行った、目が回ったそんなところだろうか。

 

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エルギン・マーブル

 

ロビーで話していた中年の英国人女性が言っていたように、「ロゼッタ・ストーン」、「ミイラコレクション」、「ギリシア パンテノン神殿の彫刻」など、大英博物館の収蔵品には、ギリシアやエジプトなど旧植民地などから「盗み取ってきた」と思われるものが数多い。そんなこともあってか、イギリス人たちは、「泥棒博物館」という自虐的な呼び名までつけているのかもしれない。

たしかに、パルテノン神殿を飾った彫刻を削り取ってイギリスに持ち帰った「エルギン・マーブル」や紀元前196年にプトレマイオス5世によって出された勅令が刻まれた「ロゼッタ・ストーン」など、「国家の重要な文化のひとつ」として、ギリシアやエジプトから返還が求められるのは当然のことかも。それに対して、大英博物館は「返還すると、その後の保管状態が悪化してしまう。人類全体の資産なのだから、もとの所有国に返すより、世界一の保管技術を持つわれわれが管理した方が良い」といった理論を展開し、返還を拒否し続けたというが。