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おじさんパッカー 英国編(28)

16.06.22

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ミレニアム・ブリッジ

 

テムズ河界隈

 

セント・ポール大聖堂を背に南の方向に歩き出すと、ほどなくテムズ河のほとりにたどりつく。河幅200メートルをはるかに超える大河で、まるで大蛇のようにロンドンの街を東西に横たわっている。
テムズ河をまたぐ変わったデザインの橋が目に止まった。西暦2000年を記念して造られた「ミレニアムブリッジ」と呼ばれる、歩行者専用橋らしい。吊り橋なのに主塔といわれる高い柱はなく、Y字形をした橋脚の先端に繋がれたワイヤーで橋を支えている。床板を薄くするなどデザインを重視するあまり、建設当初は揺れがひどく「危なかしくって歩けやしない」と、急きょ補強したという。

橋の中ほどで立ち止まり振り返ると、セント・ポール大聖堂の真っ白いドームが真正面に見え、前方にはテート・モダン(現代美術館)がある。下流方向に視線を移すと、中央が跳ね橋になったタワーブリッジが、まるで堰のように両岸を結んでいた。雨の少ない季節なのか両岸が干上がり、河床の砂利が日差しに照らされて川の中央を澱んだ水がゆっくりと流れている。

テムズ河に面した店でサンドイッチとコーラを買う。パックに詰められた寿司も売っていた。川面を眺めながら店先のオープンテラスでロンドンっ子らとテーブルを囲む。昼時とあってサラリーマンの姿が目につく。寿司を口にする若い白人女性が何人かいた。ダイエットかなにかで、日本食が好まれているのだろうか。

 

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煙突が伸びるテート・モダン

 

テート・モダン

 

午後1時過ぎ、「テート・モダン」に入る。入り口から美術館にいたるアプローチの両側は分厚いコンクリートの壁が迫り、窓ひとつなくまるでトンネルの中を歩いているようだ。かつての火力発電所をそのまま美術館にしたという。

小体育館を思わせる展示室に、直径5メートルもある風船が転がっていた。中に入って赤や青、黄色など目まぐるしく変化する光の中に身をゆだねる。かきむしるような金属音、打ち寄せる波の音、川のせせらぎのような静かな調べ、鳥の鳴き声。しばらくして人の話し声に変わり、車のクラクション、急ぎ足で駆け抜けるビジネスマンの足音などが間断なく流れる。作品テーマは「子宮の中で私たちが耳にしたであろう風景」という。また、別の部屋には錆びた自転車、車のタイヤ、鍋、釜といった日用品が雑然と積み上げられていた。現代アートというだけにとにかくなんでもありの不思議な美術館だ。
私たちには知らず、知らず身につけた鑑賞マナーというものがある。襟を正し説明書に目をやり、口をつぐみ神妙に展示物に目を凝らす。ところがロンドンっ子は有名絵画の前でも寝そべったり、本を読んでいたり、椅子に寄り掛かって眠っていたりと、観ているのか観ていないのかさっぱりわからない、そんなだらしない格好で作品を前にしている。なんて気楽な鑑賞方法だろうか……と、でもその形式にとらわれないのが羨ましい。

 

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ロンドン橋

ロンドン橋

 

美術館を出て河沿いをぶらぶら東に向かって歩くとコンクリートの橋があった。♪♪ロンドン橋落ちた‥‥♪♪で知られる「ロンドン橋」だ。子どもの頃よく口ずさんでいて、メルヘンチックな橋をイメージしていただけに、何の変哲もないコンクリート橋を目にし、「なんだこりゃ」と、思わずひざを折る。それでも、久しぶりに「ロンドン橋」を口ずさみながら対岸に向かう。

 

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ロンドン塔

 

ロンドン塔

 

しばらく行くと円形の城壁が目に入る。写真で見たことがあるぞと、過去の記憶を呼び戻した。そうだ「ロンドン塔」だ。
厚い城壁に囲まれていて塔というより城だ。このロンドン塔は、1078年ロンドンを外敵から守るために建設された。身分の高い政治犯を幽閉したり、監獄としても使用されはじめたのは1282年のこと。やがて14世紀以降は、政敵や反逆者を処刑する刑場となった。夏目漱石の「倫敦塔」にも出てくるが、血なまぐさい歴史をもった不気味な城である。
インド系の中年夫婦がゆっくりとした足取りで、城壁を背に佇む私の目の前を通り過ぎていった。奥さんが目線を私に向け、軽く会釈した。そのしぐさが自然で親しみがあった。思わずペコリと頭を下げると、日本流のこの挨拶に何を思ったのか、声を上げて笑い出し、両方の手を挙げ彼女も頭を下げた。それに合わせて私も頭を下げる。脇で主人と思われる中年男性が、怪訝な顔で私達のしぐさを見つめている。

 

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タワー・ブリッジ

 

タワー・ブリッジ

 

ロンドン塔を右に見ながら、2階建てのタワー・ブリッジを渡りテムズ河の対岸に向かう。観光名所とあって橋の上は人でごった返している。タワーから垂れ下がる2本の鉄製のケーブルは、三角形を格子状に組み合わせたトラス構造になっている。ケーブルに固定された直径20センチもある鉄の棒が、堅牢な橋の床板を釣り上げている。
橋の幅約30メートル、片側1車線の車道と両側に5メートルはある広い歩道がある。中央が跳ね橋になっていて凱旋門を思わせる頑丈な塔が橋を巻き上げる機械室になっているようだ。大型船が通過する際、中央が跳ね上がるらしいが、その光景をひと目みたいと橋の周りをうろうろしていたが、残念ながら一度も上がることはなかった。

 

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シェイクスピア劇の稽古か?

 

対岸に渡りしばらく河に沿って歩く。周囲が階段になったすり鉢状の窪みがあった。コンクリートで出来ていて、底のステージらしきところに10人ほどの若者が大きな声を張り上げていた。どうやら野外ステージのようで、彼らは演劇の稽古をしているという。冷たい石段に腰を下ろし彼らの仲間と共に、しばらく耳を傾ける。
「アマチュア劇団さ。会社員や学生たちと週1回ここで稽古しているのさ。シェイクスピアもやるよ」。「ロンドンに来る前、アポン・エイヴォンでシェイクスピアの生まれた家を訪れたよ。そしてロイヤル劇場でロミオとジュリエットを観てきた」と、少し自慢げに言うと、「俺たちまだ行ったことないんだ。君はすごいね。シェイクスピアの大ファンらしいね。来月初めに公演するからよかったらチケット買ってよ」と迫ってきた。
しまった。余計なことを口走った。物見遊山で出かけたまででシェイクスピアの演劇を観るのはその時が初めてで、それも最上階の壁際でセリフはさっぱり聞き取れなかったのだから。大ファンなんてとんでもない。たんに通りがかりの旅人なんですが。
そんな本音を伝えようとするが、私の英語のつたなさと、ここでチケットを売らなければという彼らの意気込みで話は平行線。そうこうするうちに、彼らの仲間が私を取り囲みだしたので、「ノーサンキュー」と一言、逃げるようにその場を離れた。口は災いの元、気をつけないと。チケットを手に追いかけて来るんじゃないかと、後ろを振り向くがそれらしき気配がないのでほっと胸をなでおろす。