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おじさんパッカー 英国編(27)

16.06.22

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セント・ポール大聖堂

 

空気鉄砲とセント・ポール大聖堂

 

7時10分、ロンドン最初の朝を迎えた。6時過ぎに一度目が覚め、また眠ってしまったようだ。もうすかり旅慣れたのか、寝床が変わってもぐっすり眠れるようになっていた。

8時半、セント・ポール大聖堂を目指してホテルを出る。セントパンクラス駅からセントポール駅まで地下鉄で移動する。週明けということもあって、駅までの道筋や駅構内は通勤ラッシュでものすごい混みようだ。
肩と肩をぶっつけあいながら流れに沿って駅構内を進む。長い通路や階段を抜けようやくホームにたどり着いた。ホームはすでに溢れんばかりの人。電車は2、3分おきにやってくる。見慣れた日本の地下鉄に比べてトンネル断面は格段に小さい。電車がトンネルを抜けホームに滑り込むとき、まるで空気鉄砲を噴射するようにパ~ンという分厚い音ともに空気の塊が容赦なくぶつかってくる。空気圧に押され思わず壁際に身を寄せたが、こちらの人は慣れたものでホームの際に悠然と立っている。

 

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地下鉄車両

 

空気鉄砲の異常さと、車両に突進する人たちに圧倒され何台もの電車を見送った。といっても次々押し寄せる乗客は絶えることがない。これではいつまでたっても乗れそうもないと、意を決してラッシュの中に身をおく。背後からものすごい力が加わり、ところてんのように車内に潜り込むことができた。

車両は天井が丸く、まるで蒲鉾のような格好をしている。車内は通路が狭く、天井も低く、日本の3分の2くらいの広さしかない。日本人より体格のいいこちらの人たちには窮屈そうだ。ドア付近の人は蒲鉾の曲線に合わせて背中をかがめ、首を曲げ、天井に頭がつかえないよう前かがみになっている。停車駅が来るまでずっとその格好を保っていて、いかにも辛そうに見えるが、ご当人はスマホをいじくったりして慣れたものだ。
狭い通路で向かい合わせた座席の乗客は、足が長いせいもあって両膝を交互に組み合わせるようにして座っていて、横から見ると長い足が絡み合って通路は編みかけの竹籠のようだ。

 

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込み合う地下鉄(ネットより)

 

ロンドン地下鉄の運行開始は1863年というから、今から150年ほど前。もちろん世界最初にできた地下鉄だ。アメリカや日本の地下鉄のように「サブウェイ」とは呼ばず、ロンドンの住民はしばしば単純に「アンダーグラウンド」または、より親しみをこめて「チューブ」 と呼んでいる。トンネル部分は丸くて小さく、まさに「管(チューブ)」の中を走るイメージがする。

9時、セントポール駅に着いた。車内から吐き出されるようにホームに降り立つ。まさにチューブを絞って押し出すイメージだ。壁のように立ちはだかる人の群れ、自分の意思とは無関係にまるで津波に飲み込まれているようだ。どうしょうもなく流れに身を任せるしかない。ようやく改札口を出て、セント・ポール大聖堂までゆっくり歩く。

ほどなく、朝の光に白く輝くドーム型の屋根が見えた。真っ白な円形ドームを中心に両脇に建物を配し、まるで白亜の宮殿のよう。7ポンド(約1400円)を払って聖堂内に足を踏み入れる。それにしても見学料が高い。ドームの真下に立ち、首を後ろに折り曲げ真上を見上げる。天空を思わせる球面の天井に壁画が描かれていた。星空に吸い込まれるようでまさに宇宙だ。天井まで111メートルあるというが、さすがに高い。柱や周囲の壁などあらゆる所にびっしりと装飾が施されている。1000脚はあろうか、正面の祭壇に向かって礼拝用の椅子がある。信者の人たちだろうか、100人くらいの団体客が最前列で牧師らしき人の話に耳を傾けていた。

 

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セント・ポール大聖堂内部(ネットより)

 

日本人の団体さんを見つけた。中央ドームを見上げながら20人ほどが、ひと塊になっている。懐かしい日本語が、聖堂内に響く。思わずその方に足が向き、気がつくと団体さんの輪の中にいた。ものの5分ほどして、「ゆっくりできるといいのですが、時間が限られていますので…」と、小旗を右手に掲げたガイドの中年女性に促されて、日本人の団体さんは出口に向かった。私が別の方向に行こうとすると、「あなたこっちよ!」と、親切なおばさんが私の顔を見た。「いやいや、私は…」と、バツの悪そうな顔でおばさんに背中を向けようとすると、「そう」と不思議そうな顔をし、隣の人と何やら小声で話していた。「あの人、日本人じゃないんじゃない。中国の人かも」とでも言っているのかな。

この大聖堂が世界的に有名になったのは、1981年にチャールズ皇太子と故ダイアナ妃の結婚式がきっかけらしい。日本人団体さんと別れて、30メートルの高さにある「ささやきの壁」を試してみる。壁に向かってささやくと、壁伝いに反対側にいる人にまるで糸電話のように伝わるというが、一人ぼっちではどうしょうもないので、ただ壁に耳を当てていると、他の人たちが吹きかけた声がザワザワと耳に残るだけだった。

 

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ネルソン提督の棺

 

階段を下り地下室に。石造りの大きな石室が薄暗い部屋に小山のように浮かんでいる。歴代の大司教やトラファルガー海戦でフランス・スペイン連合艦隊を破り、ナポレオンの英本土侵攻を阻止したイギリス最大の英雄とされる、ネルソン提督の遺体が安置されている。他にチャーチルなど歴史上活躍したイギリスの功労者がここで永遠の眠りについているという。石棺の上に横たわる石像の遺体があまりにもリアルで、今にも立ち上がるのではと不気味だ。

 

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ロンドン証券取引所

 

大聖堂を出る。このあたりは「シティー」といわれていて、銀行や証券取引所など、金融関係の企業が軒を連ねている。腕をたくし上げたワイシャツ姿のサラリーマンが、次々と早足に通り過ぎてゆく。世界の相場に1分1秒を競っている彼らは、のんびり、ゆっくりと時の流れにぼんやり身を任せて歩いている私をどのように見ているだろうか。「そんな暇人、眼中にない!」が本当のところかもね。