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おじさんパッカー 英国編(9)

16.06.22

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巨大なステンドグラスと礼拝堂(パンフより)

 

ヨーク・ミンスター

 

いよいよ明日、この町「ヨーク」を離れスコットランドの首都エディンバラに向かう。ホテルと目と鼻の先にあったが、滞在最終日に出かけようと取り置いていた、「ヨーク・ミンスター」(ヨーク大聖堂)に足を運んだ。突然降り出した霧のような雨が肌にまとわりついてくる。悠久の時間を感じさせる、苔むし黒ずんだ大聖堂の外壁にそってしばらく歩く。大聖堂の背後に広がる人けのない中庭は雑草がはびこっていて、お世辞にも手入れがゆき届いているとは思われない。
鐘楼から降り注ぐ鐘の音が湿った空気にまとわりつくように、あたりに響き渡っている。大聖堂の正面に立つ。小山のような石造りの荘厳な建物が、今にも覆いかぶさってくるように眼前に迫ってくる。13世紀から約250年の歳月をかけ、1472年に完成したイギリス最大のゴシック建築で、カンターベリー大聖堂に次いでイギリスで2番目に格式が高いものらしい。
入場料4.5ポンド(約900円)を支払い、大聖堂にゆっくりと足を踏み入れる。円形ドームの中心に立つと首を水平にしないと天井が視野に入らないくらい高い。視線を正面に移すと天地創造と世界の終わりを描いたという世界最大といわれるステンドグラスからの陽光が、祭壇の背後から信者たちが集う祈りの場を照らしていた。どれが天地創造でどこが世界の終わりか、ステンドグラスの絵模様を双眼鏡でしばらく眺め続ける。不勉強もあっていまひとつ理解できないが、広大なガラス面から差し込む陽射しを左右に散らし赤、青、黄と色鮮やかだ。遠くからミサが聞こえてきた。伸びやかな歌声が周囲の壁に反響して、教会全体の空気を震わせる。その調べが全身の皮膚からしみ込み、快い気持ちにさせてくれる。見学者はめいめい目を閉じ、静かに耳を傾け、各々が自分の胸の内に向け無言で語りかけているようだ。静ひつな空気に身を沈め、私も久しく経験しなかった心の対話ができた。

 

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大聖堂正面入り口

 

大聖堂をあとに街中を散策した後、午後7時過ぎ扉が閉められた大聖堂の前に再び佇む。巡礼者や観光客で賑わっていたこれまでの喧騒が、嘘のように静まり返っている。遠くから近くからとカメラを向けるが、あまりの大きさに聖堂全体を捉えることがなかなかできない。カメラを構える私に、3歳くらいの黒人の男の子がいきなりぶつかってきてその場に転んだ。ケガしていないかと、思わずその子を抱きかかえると「すみません…」と、母親らしき女性が走り寄って来て、丁寧に私にお礼を口にした。そして「ここは、神様の場所だからお利口にしないと」と、そんなことを子どもの耳もとでやさしく声をかけた。ほどなく、よちよち歩きの女の子を連れた父親らしき男性が近づいてきて私に軽く会釈した。両親は金髪の白人だが、子どもはいずれも黒人だった。肌の色は違うが、子どもへの細やかな心遣いから本当の親子以上のものを感じる。アフリカかどこかの難民の子どもを引き取り、育てているのだろうか。「大聖堂の神様より、慈愛をこめて我が子に接するご夫婦の方が神に近い」。手をつなぎながら遠ざかる4人の長く伸びる影を見つめながら、ふとそんな言葉が口をつく。

 

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市内案内

 

ヨークの街中を歩いていると、日本ではあまり目にしない光景に出くわす。旧市街を帯状に取り巻く城壁のほかに、朽ち果てたローマ時代の石壁の一部が、街のあちこちに散在していた。建ち並ぶ住宅の空き地にも城壁の残骸がそのまま残されていて、周りは雑草に被われ廃墟のようだ。ローマ人が約2,000年前にイギリスを植民地にしていた証が今に残っている。立て札があった。ヨークはローマ、サクソン、デーン、ノルマンとさまざまな民族が覇権争いを繰り返した場所でもあったらしい。これらの城壁は2000年もの間、激動に揺れ動いた時の流れをずっと見つづけてきたのだろうか。

 

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「ROMAN WALL」の立て札

 

ホテル近くにも雑草や雑木に被われたローマ時代からの石塀が、朽ち果てた姿をさらしている。車や人はそれを避けて動く。道路も曲がりくねっている。城壁の残骸が、住宅の背後にもまるで衝立のように立ちはだかっている。日差しや風が遮られるなど、さぞかし迷惑だろうとはた目には見えるが、「この遺跡は町の誇りだ。われわれはここから始まったのだ」と、ホテルのオーナーが言葉を強めた。日本の感覚だと、点在する遺跡をコンパクトにまとめるとか、一部残して解体するとか、ようは今を住みやすくすればよいという現実論が幅を利かせそうだ。

 

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ローマ時代の石壁

 

エディンバラへの列車ダイヤを知りに、ヨーク中央駅に出かけた時の話を。駅構内はがらんとしていて、薄暗い。目を凝らして旅行案内所を探すが、それらしきものはない。さてどうしたものかとぼんやり眺めていると、赤い縁取りの鉄道帽を頭にのせ、胸に勲章のような金バッチをいくつか下げた軍服に身を包んだ老人が、改札口近くの柱の一角に胸を張って座っている。顎と口に白い髭をたくわえ、鋭い目線で構内を眺めていた。そのそばに、小学5年生くらいの少年が普段着でちょこんと座っている。思わず「お孫さんですか」と声をかけそうな二人の様子だ。
中年のご婦人が、老人の所に近づき列車の出発時刻をたずねている。また、別の男性も子どもから紙切れをもらっている。何の表示もないから、気がつかなかったが二人はどうやら駅の案内係を務めているらしい。「明日、10時頃の電車でエディンバラに行きたいのですが」と、軍服の老人に声をかけると、すかさず、隣の少年に「エディンバラ10時」と告げた。少年は素早くキーを叩き、時刻表を打ち出した。ヨーク10時34分発、エディンバラ13時5分着と印字された紙片を無言で、私に差し出した。思わず「ありがとう」と、子どもとご老人に頭を下げるが、彼らは無言で私の顔を一瞥しただけ。この少年は、新学期の始まる9月頃まで職業体験(インターンシップ)をしているのだろうか。日本だったらせいぜい中学生からだろうに小学生からとは驚きだ。木枠の小さなボックスに軍服姿のおじいさんと孫のような少年が向かい合ってちょこんと座っている光景は、古びた駅舎の中でそこだけにスポットが当てられているようでほほえましい。

ホテルに戻りテレビをつけるとゴルフの丸山選手が映っていた。イギリスのどこかでゴルフ大会でもあったのだろうか。明日は、スコットランドの首都、町全体が世界遺産でもあるエディンバラを目指すことになる。荷物の整理をして午後11時過ぎベッドに横たわる。