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おじさんパッカー 英国編(8)

16.06.22

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ジャンブルズ通り

 

ヨーヴィック・バイキングセンターからジャンブルズへ

 

レンガを一面に張り付けた洒落た建物の周りを取り囲むように人の列ができていた。「何の行列ですか?」と、列にいた中年の夫婦に声をかけると「ヨーヴィック・バイキングセンター」だという。さっそく手元の資料を繰ると、「イングランド北部の古都ヨーク(York)にある博物館。ヨークの町周辺は866~952年まで約90年の間、北欧のバイキングが支配した土地で『ヨービック』と呼ばれ、現在の市名『ヨーク』の語源にもなった。この博物館はバイキング時代のヨークをテーマにしていて、バイキングが居住していた遺跡の上に2001年4月に新装再オープンした。『Time Car』に乗り、1000年以上前に存在したバイキングの村をめぐるアトラクションがある」と書かれていた。このアトラクションにひかれ行列に加わることにした。
係員が入場を待つ長い列の中に入り、しきりに「どこの国からですか」と訊いている。列の順番に入場するんだろうとぼんやり眺めていると、いきなりやって来た。「日本からです」と答えると、「こっちへ」と、何人もの人たちを差し置いて列の先頭に移動し、私を入場させてくれた。「あれっ! いいの?」と、視線を向けてくる先客に頭を下げながら入り口に立った。

 

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入場を待つ人の列

 

係員の指示に従って薄暗い建物内へ足元を気にしながら進むと、プラットホームが現れた。ほどなく背後から電動列車が近づいてきた。どうやらこれに乗って1000年前にタイムスリップするようだ。二人掛の椅子が20列ほどあり、引率の係員が国別に乗車位置を指示した。私も言われた席につく。手前にあった6カ国ほどの国旗が張り付けられた案内ガイドの言語プレートに日の丸を見つけた。受付で国別に見学者を整理していたのはこのためだったのだ。

ほぼ満席状態で電動車が動き出した。ゆっくり散歩している程度の速さ。洞窟のような真っ暗なトンネルをくぐり抜けると、ぱっと明るくなり、竪穴住居や横穴住居が点在し、電動車の左右には1000年以上も前の集落が広がっていた。狩で仕留めた鹿を背負っているヒゲ面の男性。岩をくり抜いた住まいにしゃがみ込みながら母親が子どもに何やら食べさせている。人々の話し声が響き、集落の喧騒をそのまま肌で感じる。ゆっくり進む車に身を任せていると古代から中世へと時代が流れてゆく。石造りの建物を背に自在に動く精巧に作られた等身大の人間が闊歩し、犬がゴミ箱をあさっている。土ぼこりが舞う広場が現れた。動物の皮で作られたテント群が並び、毛皮や野菜、果物、家畜を近隣から持ち寄り市が開かれている。人々の話し声がする。「いくらで売るんだ。安くしろよ」とか何とか、互いに声を張り上げ、市場の活気が間近に伝わってくる。何百年も前に確実にタイムスリップしている。

 

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発掘されたバイキング居住跡

 

バイキングがどのような生活をしていたか、どんな家に住んでいたか等々、展示物に応じて適切な説明が耳元のスピーカーから日本語で流れてくる。と同時に肉の腐った臭いや人間や動物の排泄物の湿った臭気までもが容赦なく襲ってくる。確かめようがないがこの1000年以上前の嗅覚体験もアトラクションの売りでもあるようだが、得体のしれない悪臭がいつまでも鼻先にまとわりついて吐き気がする。ようやくタイムカーから解放され、館外に出て思い切り新鮮な空気を吸い込む。見学時間は1時間ほど。入場料7.2ポンド(約1500円)。外に出ると、入場を待つ人々の列が長く伸びていた。
午後4時を回っている。「バイキングセンター」の臭気が抜けないまま、古びた旧市街の真ん中にやって来た。ジャンブルズと呼ばれる500年以上も前の町並みがそのまま残る地区に入ったようだ。黒ずんだ石畳の道。細かく曲がりくねった小路。色あせた3階建ての木造の建物に囲まれた異空間に心を泳がせながら足を運ぶ。1434年創業の看板を見つけた。日本では室町時代。銀閣寺を建てた足利義政が君臨していた時代だ。

 

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1434年創業の看板

 

見上げると1階、2階、3階と建物が上に行くほど道にせり出している。3階ともなると、向かいの軒先が互いに接するほどに接近している。どうしてこのような形になったのか不思議でたまらない。みやげ物屋の親父さんに訊くと、「昔、この通りには町中の肉屋さんが集まっていた。屠殺した家畜の肉を吊り下げ、軒先から道路に肉を干していたのさ。洗濯物を突き出すようにね。保存用の乾燥肉さあ。今はそんなことしないがね」と、大きなお腹をさすりながら笑っていた。この通りはさぞかし臭かっただろうなあ。現在では肉屋さんは1軒もなく、通りは観光客相手のおみやげ物屋、レストラン、カフェ、お菓子屋などで埋められている。迫り出した古びた木造の建物と狭い石畳の街並みが、500年以上前の姿をそのまま伝えている。

 

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通りに迫り出す建物

 

この小路を抜けたところに、スーパーがあった。さっそく今夜の夕食を調達する。パン、ハム、牛乳、りんごをかごに入れる。店内は夕食の食材を物色するおばさんたちで賑わっていた。日本同様、1円でも安いものをとみなさん陳列棚に目を凝らしているようだ。調達した食料の入ったビニール袋を提げ、また歩き出す。