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おじさんパッカー 中欧編(20)

16.06.21

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グラン・プラス

 

グラン・プラス

 

とにもかくにも宿は決まった。フロント脇の階段を昇り、ルームキーに刻また番号の部屋に入る。手前にバス、トイレ、洗面所、道路に面した奥の部屋がベッドルームだ。シングルベッドが二つ置かれ、オレンジ色のシーツカバーが鮮やかだ。リュックを投げ出しベッドの上に大の字になり思いっきり手足を伸ばす。体の隅々まで新鮮な血液が流れていくのがわかる。今朝までいたアムステルダムでは獲物を狙うような周りからの視線にさらされて緊張が続いていたが、ここブリュッセルの人たちはどことなく表情がやわらかだ。人、人、人でごった返す駅構内をさまよっていても、声をかけてくる人も、ジロジロと見つめる人もない。めいめいがそれぞれの目的に従って動いている。こうして知らない土地を渡り歩いていると、一歩足を踏み入れただけで、人々の暮らしは…? 治安は…? といったことが街の空気を吸い込むだけでわかるような気がする。

 

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大道芸

 

「この街は初めてですが…。お勧めの見学場所は?」と、フロントの男性に声をかけると即座に「そりゃグラン・プラスだよ」と、返ってきた。「このホテルから歩いて15分ほどだから…」と地図に指を置いて説明してくれた。「年に一度のフェステバルで街中が賑わっているよ。グラン・プラスへの沿道筋にも大道芸人や露店が並んでいるから。せいぜい楽しんできて頂戴。ただ、ブリュッセルはフランス語が主体でオランダ語を話す人もいるが、英語のわかる人は少ないからね。まあ、手振り身振りでやるんですね。なんとかなりますよ」と、笑顔を交えて愛想よく話してくれる。セカンドバックにカメラ、双眼鏡などを詰めさっそく街に出る。時計に目をやると16時を少し回っていた。フロントの男性に教えられた道を進むとサッカー場ほどの石畳の広場に出た。古色蒼然としたゴシック調の建物が広場の周りを城壁のように取り囲んでいる。「何! これ!」と思わず、広場の中央に身を置いて360度回転しながら周囲を見渡す。タイムスリップして中世に迷い込んだような錯覚にとらわれる。ここが「グラン・プラス」なんだ。

 

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グラン・プラス

 

広場には大勢の観光客が、視線を空に向けたまま茫然と立ち尽くしている。広場全体がまるで博物館か美術館のように豪華な装飾がほどこされた建物群に囲まれていて思わず息を呑む。ぜいの限りを尽くして建立した中世の建物群が、ただここに立っているだけで私を異次元の世界へ誘ってくれるようだ。手元の資料に目をやると「グラン・プラス」は、四方をギルドハウスが取り囲む110m×70mの長方形の広場とある。以前は木造建築だったのが、ルイ14世のフランス軍の攻撃でほとんどが破壊された 時、各同業組合(ギルド)が数年で現在のような石造建築に生まれ変わらせたという。代表作「レ・ミゼラブル」のフランス人作家ヴィクトル・ユーゴが、ここを訪れて「世界で最も美しい広場」と絶賛し、ジャン・コクトーも「豊穣なる劇場」と表現したことで有名。1998年に世界遺産に登録されている。

 

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グラン・プラス ギルドの家々

 

グラン・プラスは様々なギルドを淵源に持つ建物に囲まれ、壁に飾られた包丁や樽、手押し車などの紋章がそれぞれの職業をあらわしていて、これらの建物にはそれぞれ名前が付けられている。黄金の木(ビール醸造業ギルドの家)、黄金の汽艇 (仕立工の家)、パン屋の家など13もの建物群が取り囲んでいる。ひときわ目につく市庁舎は、ブリュッセルを代表する建造物の一つだ。彫像の多さ、建物全体のバランス、塔の美しさが傑出している。塔の高さは96メートル。塔の先端に輝く像は、ブリュッセルの守護聖人・大天使ミカエルだそうだ。

 

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グラン・プラス 市庁舎

 

市庁舎の脇を歩いていると、「そっちじゃない!」と日本語が耳に届く。振り向くと40前後の女性が厳しい口調でテレビカメラの位置を指示していた。「日本のテレビ局の方ですか」と、三脚を手にした若いスタッフに声をかけた。「そうです。今夜、この広場で野外コンサートがあるのでその撮影準備ですよ」と。「わざわざ日本から?」「そうです。先週、古代ローマ帝国時代の格好に身を包んだ人々が練り歩くオメガングがあり、きょうは世界無形文化遺産のメイブームが、そしてちょっと先ですが、広場一面を花で飾りつけたフラワーカーペットが見られるんです。いずれもこの広場でね。それを撮り終えたら日本に戻ります」。「三脚!」と、女性ディレクターの空気を切り裂くような声に、スタッフの若者ははじかれるように走り去った。