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おじさんパッカー 中欧編(9)

16.06.21

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こんがり焼けてます

 

ドイツといえばソーセージ

 

つい最近のこと。ぼんやりテレビを観ていたら、ベルリンのテレビ塔近くの広場でソーセージを移動販売している青年が映っていた。ガスボンベを背負い、首から吊り下げられたガスコンロには、こんがり焼かれたソーセージが5本ほど並んでいる。「私の顔を見るとソーセージを売りつけようと近寄って来るんだ。彼のソーセージ、結構うまいよ。あんたもどうかね」と、ビール腹が突き出た中年男性がレポーターに笑顔を向けていた。「コンロとボンベ、そして生ソーセージやソースなど一式を体にまとっている。重さは25キロくらいあるかな」と話すソーセージ売りの若者。朝8時過ぎから夕方7時近くまで、途中、休憩をとるとはいえ、10時間近くもこの広場周辺を歩き回って200本ほど売るという。私もかつてこのあたりを歩いた記憶があるが、ソーセージ売りの若者を見かけることはなかった。彼は最近になって、この商売を始めたのだろうか。

 

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立ち食いソーセージの店

 

「ソーセージといえばドイツの国民食だ」と、ドイツで暮らす人たちはみなさんそうおっしゃる。日本の駅で見かける「立ち食いうどん」のように、ドイツの駅にも行き交う人が気軽に立ち寄る「立ち食いソーセージ」の店が必ずある。ターンテーブルような直径80センチほどの一本脚のテーブルが10脚ほど通路に置かれている。その小さな円盤を取り囲み、大柄なドイツ人たちが肩をぶつけるようにソーセージをほおばる様子は、見慣れた風景になっているようだ。
「おじさんお願い」と、カウンターに声をかけると大皿に1本だけ、白いソーセージが湯気を立ち昇らせながら出てきた。ソーセージといえば、赤っぽいのがイメージされるので一瞬、皿に目をこらす。3センチほどの太さで長さ20センチほどもある大ぶりの棒が、茶色のマスタードに彩られて横たわっている。ウィンナーや粗引きソーセージとは違うフワフワした食感で、まるで棒状の柔らかい蒲鉾を食べているようだ。

 

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ゆで上がった白ソーセージ

 

「白ソーセージ、珍しいかい! 牛肉を細かくすり身にして、ムースにした状態で腸詰するんだ。焼きソーセージより味が淡白で、甘いよ。このようにゆであがったものにマスタードをつけて食べるのがいちばんだね。肉100パーセントで栄養満点さ」と、隣のおじさんが説明してくれていた。たしかに日本で食べるソーセージに比べると味も濃く、肉汁が口の中に広がる。おじさんは丸いパンをかじりながら「これが立ち食いランチさ。忙しい時は手軽でいいよ」と笑っている。「ドイツといえばビール。ビールといえばソーセージだ。ドイツはなんといってもソーセージの国だよ。種類も消費量も半端じゃないから。この近くにもあるから一度、肉屋を覗いてごらんよ」と言いながら、ソーセージが詰め込まれたような太い二の腕を私の肩口に押しつけてきた。

 

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肉屋の店先(ネットより)

 

通りがかりの肉屋さんを覗いてみると、ひとかかえもあるものから小指ほどのものまで大小さまざまのソーセージで店先は埋まっている。もちろん中身もいろいろ。種類は1500を下らないと言われており、呼び名も地方によって異なるらしい。固い丸パン、ソーセージに酢漬けキャベツをそえて食べるのが一般的らしいが、どういう時に何と一緒に食べるのかで蒸すか、焼くか、煮るかとソーセージの料理方法が工夫されるという。私がよく口にしたのは、カリーブルスト(カレーソーセージ)。焼いたソーセージの上にケチャップとカレー粉をまぶしただけの単純なものだ。香ばしい焼きソーセージをやや甘味のカレーでやわらかく包み込んである。脇にフライドポテトと小さな丸パンが添えられていた。庶民の味としてベルリンっ子に好まれる人気メニューらしい。

 

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アジア食材の店(ネット)

 

ソーセージで腹ごしらえをすませ、午後9時過ぎ、ホテルのあるオスト駅に降り立つ。新聞が読める程度に外はまだ明るい。街路樹が風にそよいでいる。背を丸くした老女がおぼつかない足取りで信号を渡っていた。駅前とはいえ人影は薄く、たそがれ時といったところか。しばらくして商店が建ち並ぶ、賑やかな所に出た。「お腹すいた、この店に入ろうよ」。突然、日本語が聞こえる。近づくと、6人の若い女性たちが夕食を物色しているところだった。声をかけると「私たち、名古屋芸術大学の学生なの」 と、初対面の私に対する警戒心もなく、笑顔で屈託がない。「ベルリンで行われている芸術発表会に参加しているの。絵とか、クラフトとか…」。「ベルリンにまでやって来るとは、なかなか豪勢だね」。「ところでおじさんはどうしてここに?」。「定年後の一人旅さ」。「一人で寂しくない?」。

 

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こんなものも売っている

 

彼女達は発表会の行われている一週間ばかり、ベルリンに滞在するという。「この店ね、アジア系の食材が揃っているの。お米や味噌、醤油もあるし、日本のカップラーメンだって何種類もあるよ。おじさんも買っていかない? ホテルの台所で調理できるよ」。どうやら、彼女たちは私が泊まっているユースホステルに滞在しているようだ。「やはりここで材料を買って、ホテルで作ろうよね。節約、節約」と、彼女たちは声高に叫びながらスキップを踏むように店の中に消えた。屈託ない表情としぐさに思わず「若いっていいね」と口をつく。店内は東南アジアや中国、インドといった人たちで混んでいた。彼女たちの言うとおり、味噌、醤油、かまぼこ、お米と日本の食材も揃っている。さしずめ、ベルリンの東洋系食料品店といったところか。サッポロラーメンの袋を手にしている彼女たちに、「ドイツに来てまでインスタントラーメンはないでしょうよ。ドイツの国民食である本場のソーセージを食べなさいよ」と呼びかけると、「だって、お湯をかけるだけで食べられるんだもん。ソーセージね。焼くのは面倒だし…」。私の呼びかけを「余計なお世話よ」と言わんばかりに、彼女たちはレジに向かっていった。
午後10時過ぎ、シャワーをすませ、ベッドに潜り込む。今日もあちこちよく歩いた。リンデン通りの街並みが走馬灯のように浮かんでは消えてゆく。