トップ> どんぐりsひろば> 旅を語る、旅を想う おじさんパッカー 北欧編 (2)

どんぐりsひろば

旅を語る、旅を想う

その他の読み物

おじさんパッカー 北欧編 (2)

16.06.21

clip_image0021

 

クアラルンプール空港(マレーシア)

ソンコを被らないのか!

 

10時半、搭乗手続きが始まる。パスポート提示、旅行先を聞かれ5分ほどで出国検査終了。そのままタラップを渡り機内に。尾翼に近い後部座席、窓側44A。機内は日本人、中国人や東南アジアの人たちで満席だ。隣席に23歳になるという男性がいた。
「どちらへ?」「パリまで。彼女が待っているんです」

南山大学を出て1年半勤めたコンピューターソフト会社を辞め、恋人のいるパリで1ヶ月半ばかり、語学留学に参加するという。広島で中学校の先生をしている両親は会社を辞めることに猛反対したようだが、でも決意は変わらないという。
将来、外交関係の仕事がやりたいと熱っぽく語っていた。

11時、離陸。四国の上空を飛んでいる。眼下に瀬戸内海と太平洋が同時に見渡せる。大型客船だろうか、白い航跡を引きずりながら青いキャンパスに貼り付けられている。車内のアナウンスに従い、時計の針を1時間早めマレーシア時間に合わせた。沖縄上空を通過。台風が心配されたが、上空は抜けるような青空が広がっている。厚く広がった雲の下では、きっと風が吹き荒れているのだろう。 12時過ぎ、台湾上空に差しかかったとき隣のM君が突然前かがみになり、苦しそうに顔をゆがめている。突然の腹痛らしい。席を立ちトイレに駆け込んだ。20分ほどで戻って来た。声をかけると、青ざめた顔で「大丈夫です」と表情を緩めた。

4時12分、マレーシア、クアラルンプール空港への着陸態勢に入る。窓からナツメヤシの並木が見えた。物凄い速さで周りの風景を切り裂くように機体は滑走路に滑り込んだ。無事着陸。シートベルトを外しふと顔を上げると、機内のデスプレーに気温32度が白く光っていた。

タラップを降り、空港ロビーに出る。電車が構内に乗り入れ、両側に店舗が並ぶ広い通路がどこまでも伸びている。空港ターミナルというよりひとつの街といった感じだ。流れに従ってそのまま電車に乗る。2分ほどで出国カウンターまで運んでくれた。

M君と外に出た。空港は街の中心部から離れていて、都心まで車で30分はかかるという。「街までどうですか」と、白いシャツに腰巻きをつけたおじさんがしつこくつきまとってくる。

「まずは腹ごしらえ」と、空港内のレストランを探す。椰子の大木が枝一杯広げた、ビアホールのようなレストランに席をとる。二人で鶏のから揚げを注文。日本でもそうするように何気なしに丸ごとほおばった.とたんに口の中は大火事。激辛も激辛、額から汗がにじみ、涙が頬を伝い、それは、それは大変なものだった。思わず吐き出した。M君も口をもぐもぐさせながら精一杯耐えているようだ。

周りの客は、和やかに談笑しながら食事している。マレーシアの人たちにとって、この超激辛はさほど気にならないらしい。それにしても凄い。ビールで消火しながら少しずつ、口に運んだが半分以上残したまま席をたった。

食事の後、M君はせっかくだからとクアラルンプールの街中に出るという。疲れていたこともあって、私は断ったので彼は一人で出かけた。

その間、送迎ロビーで時間をつぶす。足首まで被う黒いマントに頭をすっぽり白のスカーフに包み込んだ女性たちが、ガラス越しにチェックインカウンターの方向を見つめている。老若を問わずほとんどの女性がそんな服装だ。この熱いのにと…、思わず彼女たちの額を覗き込むが、
涼しげな表情で汗はない。

これはイスラム教徒の多いマレーシアの人たちの正装なのだ.男性は白の半袖に、黒っぽいお椀のような帽子をのせている。

家族だろうか、これから旅立つ人に頬ずりしたり、抱擁したり、中には泣き叫んでいる人さえいる。また首を長くして待ち侘びた人がゲートから顔を出すと、全力で駆け寄ってゆく女性の姿もある。空港の送迎ロビーはその国の表情があからさまに出る。家族を思う心や愛しい人への抑えきれない感情のほとばしりは、国は違っても変わることはないようだ。

「君はソンコを被らないのか!」と、小太りのおじさんが近づいてきた。さきほどから私をジロジロ見ていた。何かあるなと身構えていたので臆することなく、おじさんの目を見た。「イスラム教徒なら当然だろう」と、丸い頭の頂点に鎮座したスカルノ帽を、私の目の前に突き出した。おじさんは敵意に満ちた目で私を睨みつけた。

「私は日本人で帽子をかぶる習慣はない」と、胸を張った。なめられちゃいかん。

おじさんは、「こりゃ失礼」と、目じりを下げやさしい表情になった。「あんた、どこから見てもマレーシア人だよ。肌も髪も黒いし」。「ところでどこに行くんだね。おもしろいところ教えてあげるよ」。そりゃきた。うっかりついて行こうものなら身ぐるみはがされそうだ。クワバラ、クワバラ。「ノー、サンキュウ」と大声で応えると、周りの数人の視線が一斉に私に向けられた。ポン引き仲間だろうよ。きっと。

2時間ばかりしてM君が腹立たしそうな表情で戻って来た。どうやらタクシーの運転手に遠回りされるなどして、ぼられたという。クアラルンプールの街中は、客引きが執拗に付きまとい落ち着いて歩くことさえできなかったようだ。「行かなきゃよかった。時間と金を損した」と、しばらく怒りがおさまらない。

夜10時20分チェックインをすませ、M君はパリ行きのゲートへ移動し、私はアムステルダム行き搭乗口へ向かう。M君とはしばしの出会いだったがここで別れる。両手を大きく広げ、足早に消えていった。

彼にはパリに待ち人がいる。彼とはもう二度と会うこともないだろう。「日本に戻って立派な外交官になってよ」。
消え行く彼の後姿に声をかけた。私はここから一人旅だ。でもまた、旅先で道連れができるかも。

まもなく日付が変わる11時45分、オランダに向け空港を離れる。